『竜そば』のベルから『ONE PIECE』のウタへ メディアの進化から見た“音楽アニメ”

『竜そば』から『ONE PIECE』への進化

『竜そば』のベルから『FILM RED』のウタへ

 とはいうものの、最後にもう少し細かく腑分けしてみよう。

 私は、『FILM RED』を『アナ雪』や『君の名は。』あたりから台頭し始めた、映像文化の「聴覚的要素の優位」を象徴する一連の「音楽アニメ」の系譜の上に位置づけた。

 だが、もう少し細かく区切れば、本作は、もっと近年の『竜とそばかすの姫』や吉浦康裕監督の『アイの歌声を聴かせて』(2021年)、湯浅政明監督の『犬王』(2022年)などの主人公自身が歌う歌唱(ミュージカル)シーンをメインにした物語の系譜に位置づけられるだろう。とくに、『FILM RED』の直接的な参照元とみなせるのが、昨夏に公開され、来たる9月23日の金曜ロードショーで地上波初放送される『竜そば』だ。シンガーシングライターの中村佳穂を主演に迎えたこのアニメ映画もまた、歌姫となるヒロインのキャラクターの声に現実の音楽シーンの「歌姫」をキャスティングし、その楽曲を作品のプロモーションに活用する点で、『FILM RED』に先駆けている。また、類稀な歌の才能を持つヒロインの女子高校生・内藤鈴(声:中村佳穂)が幼い頃の体験がもとで父(声:役所広司)とのあいだに溝が生まれており、「ベル」として生まれ変わった自らの歌の力がきっかけとなって、最後には親子の関係を取り戻すという物語展開も両作に共通する。なおかつ、『竜そば』の場合は、中村のほかにも、彼女の親友の別役弘香(ヒロちゃん)役に、YOASOBIのヴォーカリスト・ikuraこと幾田りらも参加しているのだ。

 事実、私は、『竜そば』公開中の昨年8月に発表した同作をめぐる小論で、すでに、「匿名の女子高校生シンガーAdo」という名前を具体的に出して、「ベルがさしあたりそうした現代特有のセレブリティの寓意として描き出されていることはいうまでもないだろう」(「アニメーションの新たな歌姫──『竜とそばかすの姫』小論」、『文學界』2021年9月号、文藝春秋、260頁)と記していた。『竜そば』のベルから『FILM RED』のウタへ――このふたつの作品/キャラクターのあいだに系譜的な関係性が結ばれるのは確かだと思われる。

進化する「音楽アニメ」のメディア環境

 そう文脈を立てて、より踏み込んでいえば、『竜そば』も『FILM RED』も、その物語や世界観が、2020年代のより最近のさまざまな文化状況を陰に陽に反映していることが窺われる。

 たとえば、ベルもウタもその圧倒的な歌声で無数のオーディエンスを魅了するが、後者の場合は、超人系悪魔の実「ウタウタの実」の力を借りることで、じつは、彼女の歌声を聞いた人間の意識を現実そっくりの仮想空間「ウタワールド」に閉じ込めてしまう。そのウタワールドの内部では、ウタが思い通りの力を発揮できるほか、彼女が思いついたある計画によって、ファンや苦しんでいるひとをウタワールドに永遠に閉じ込め、そこでは辛いことが一切なく楽しい楽園が続く「新時代」が実現しているのだ。

 以上のようなウタワールドの設定は、『竜そば』でベルが歌姫となる50億人以上が集うというインターネット上の巨大な仮想空間<U>――そして、ここ最近のIT系のトレンドでいえば、いわゆる「メタバース」と重なる要素がある。もちろん、架空の冒険ファンタジーである『ONE PIECE』に現実のワールド・ワイド・ウェブは存在しないわけだが、ウタの歌声を伝える映像電伝虫というキャラが登場するなど、劇中には現実の映像配信プラットフォームを髣髴とさせるアイテムも登場しており、現代の情報空間と類比づけることもさほど不自然ではないだろう。

 そして、その世界の誰もがノイズを取り払われた心地よさのなかで充足しているというウタワールドの性質は、これも昨今のメタバースをめぐる議論でその拡大が懸念されている、「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」(パーソナライゼーション)をすぐに連想させる。エコーチェンバーとは、ウェブやSNSにおいて自分と似た意見や価値観のひとびとが集まることにより、それらがあたかも真実であるかのごとく特定の意見や思想が増幅する現象のことで、フィルターバブルとは、一人ひとりが泡(バブル)に包まれてしまうように、ウェブ空間で自分が見たい情報しか見えなくなることを指す(詳しくはイーライ・パリサー『フィルターバブル──インターネットが隠していること』ハヤカワ文庫NFなどを参照)。メタバースは、いまのSNS以上に、アルゴリズムによってこうした現象を拡大・強化する恐れがあるとされている。

 思えば、『竜そば』では、最初にベルの歌声を聞いた<U>のアバター(As)たちが口々に、「ぼくのために歌ってくれている気がする」、「私にだけ聞かせてくれているみたい」という。そう、もとより音楽とは、すべての人間を結びつけ、包み込む公共的なものであると同時に、個々人のミニマムな心情や記憶に密着するきわめて私的なものでもあるという逆説を宿す。それはほかの状態を自身に反映するとともに、個々には厳密に独立して存在するというライプニッツの「モナド」のようなものだ。その意味で、ベルやウタの歌声(ウタワールド)は、きわめてメタバース的なプラットフォームとしても機能しているのだ。

 さらにいえば、私は、先に示した昨年の『竜そば』論で、北村匡平の議論(「デジタルメディア時代の有名性──〈アニメーション〉としてのバーチャルYouTuber」、『ポストメディア・セオリーズ メディア研究の新展開』ミネルヴァ書房、2021年所収)を参照しながら、ベルを「バーチャルYouTuber」(VTuber)との関係で考察していた。

 そもそもベルは、VTuberを思わせるモーションキャプチャやフェイストラッキングで動きが作られていた3DCGのキャラクターだった。一方、これもすでにいくつか指摘があるようだが、『FILM RED』のAdoが歌うウタもまた、このVTuberとの類比で理解可能なキャラクターである。というより、『FILM RED』では実際に、映画公開前、「ONE PIECE公式YouTubeチャンネル」で「ウタ日記」という動画を連続配信しているが、そこではウタが、まさにVTuberそのもののモーションキャプチャの3DCGキャラで登場するのだ。さらに映画本編でも、ウタの歌唱(ライヴ)シーンの映像は、平面的な正面ショットが多用されるが、これも私が拙著で詳しく論じたように、今日のVTuberやTikTokの画面と類似している(ちなみに、こうした正面ショットは、女王蜂のヴォーカル・アヴちゃんをフィーチャーした『犬王』のライヴシーンでも多々見られる)。確かに、ウタがVTuber的な想像力で造型されていることは確かであり、したがって、そこにニコニコ動画の「歌ってみた」(歌い手)文化から登場したAdoを起用することはごく自然な選択なのだといえる。だとすれば、ウタの声を担当した名塚が歌手としても活動しているにもかかわらず、あえてAdoを歌唱キャストに起用したことに一部のファンから不満が出ているようだが、以上の文脈も考慮すれば納得できる判断だろう。

 いずれにせよ、現代のアニメーションや映画は、従来のフィルムにはなかった、さまざまな文脈や要素をそのコンテンツに混ぜ合わせている。『竜そば』にせよ、作中には、YouTuberからデジタルゲーム風の画面まで、じつに多様な映像がハイブリッドに挿入されていた。そうしたなかで、昨今、隆盛を迎えている「音楽アニメ」にもメタバースからVTuberまで、先端的なメディアテクノロジーが細部に顔を覗かせている。単にAdoの楽曲うんぬんというよりも、そうしたポストシネマ的な趣向全体が、『FILM RED』の記録的大ヒットを牽引している要因のひとつなのではないだろうか。その点においては、『FILM RED』は確かに、2020年代音楽アニメの「新時代」を拓いているといえる。

■公開情報
『ONE PIECE FILM RED』
全国公開中
原作・総合プロデューサー:尾田栄一郎(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:谷口悟朗
脚本:黒岩勉
音楽:中田ヤスタカ
キャラクターデザイン・総作画監督:佐藤雅将
声の出演:田中真弓、中井和哉、岡村明美、山口勝平、平田広明、大谷育江、山口由里子、矢尾一樹、チョー、宝亀克寿、名塚佳織、Ado、津田健次郎、池田秀一
主題歌:「新時代 (ウタ from ONE PIECE FILM RED)」Ado (ユニバーサル ミュージック)
配給:東映
©尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会
公式サイト:https://www.onepiece-film.jp

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