アカデミー賞の“受賞予想”はどう行われるのか? 試金石となる前哨戦とサプライズを解説

ロサンゼルスを襲った山火事の影響で延期になっていた第97回アカデミー賞のノミネーションが1月23日(現地時間)に発表された。
第97回アカデミー賞ノミネーション発表 『エミリア・ペレス』が最多13ノミネート
第97回アカデミー賞のノミネーションが、1月23日夜(日本時間)に発表された。発表を務めたのは、『ウィキッド ふたりの魔女』で強…
今さら映画ファンに説明の必要もないと思うが、アカデミー賞はアメリカ映画の発展を目標に1929年に創設された映画賞である。ロサンゼルスとビバリーヒルズに本拠を置く映画芸術科学アカデミー主催による、本来はアメリカ映画界のローカルな賞だが、世界の映画産業の中心地たるアメリカで最高の権威を誇る賞であり、その価値はローカルにとどまらない。近年は「多様性」を掲げ、賞への投票権を持つ会員を世界中から招待しており、わが国からも北野武、是枝裕和、滝田洋二郎、河瀨直美、大友克洋、押井守、湯浅政明、山崎貴、渡辺謙、役所広司、真田広之、菊地凛子など少なくない数がアカデミー会員に名前を連ねている。会員の総数のうち56%がアメリカ国外の出身であり、もはやローカルな賞とは言い難い。主催は変わらずアメリカの映画芸術科学アカデミーだが、実質的には国際的なイベントと言っていいだろう。
最高賞である最優秀作品賞はほとんどが英語作品だが、近年は非英語作品が候補に名前を連ねることが珍しくない。韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が作品賞を受賞したのは象徴的な出来事である。我が国からも全編日本語の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)が作品賞候補になったことは記憶にまだ新しい。世界的な巨匠だった黒澤明も果たせなかった快挙である(※アメリカ国外で制作された非英語作品のみが対象になる国際長編映画賞は受賞している)。
2024年は作品賞候補10本のうち、2本が非英語作品だった。『落下の解剖学』(2023年)は非英語作品ながら(英語のセリフもある程度あったが)、主要部門の一つである脚本賞を受賞している。今年のアカデミー賞では、『エミリア・ペレス』(2024年)が全編スペイン語の非英語作品ながら作品賞を含む12部門、13ノミネートを獲得し、ブラジル映画の『I’m Still Here(英題)』(2024年)も作品賞候補に名前を連ねている。
受賞予想はどう行われるのか?
ノミネート発表がされる1月が近づいてくると、各サイトでのアカデミー賞受賞予想が活発になってくる。それらの的中率はなかなかのものだが、では、予想はどのように行われているのだろうか?
まず、そもそもアカデミー賞はどのような傾向の賞と言えるのだろうか? 最新のアカデミー賞の出品規定を見てみよう。
・2024年の初公開から45日以内に、米国のトップ50市場のうち10市場で、連続または非連続の7日間の公開。
・2024年の年末に限定公開を行い、2025年から拡大公開を行う映画に関しては、配給会社が公開計画をアカデミーに提出する。
・2024年の年末から公開を行う映画は、2025年1月24日までに条件を満たすこと。
・非米国市場での劇場公開は、要件となる10市場のうち2市場まで加えることができる。
・非米国市場の公開資格を獲得できるのは世界トップ15の市場、および映画のホームテリトリーが含まれる。
国際化が進んでいるといえ、このようにアカデミー賞は米国市場を重視したアメリカの映画賞である。もともとアメリカのローカル映画賞であるため、英語作品が大半を占めるのは無理からぬことだろう。その中でも娯楽性と芸術性を兼ね備えた最大公約数的な作品が好まれる傾向にある。アカデミー賞は投票権を持つ会員は1万人を超え、人種も国籍もバラバラである。そうなると、誰からも嫌われない(万人に好かれる)作品が好まれる。
大規模なアクションの娯楽性と、寓意的なドラマ性を兼ね備えた『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(2001年~2003年)は3部作すべてが作品賞候補になり、完結編の『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003年)は作品賞を受賞したが、同作はアカデミー賞の賞傾向を象徴するような作品と言えるだろう。『ロード・オブ・ザ・リング』はかなりの大作、昨年の作品賞『オッペンハイマー』(2023年)は制作費1億ドルの超大作だが、低予算の小品にも目くばせするのがアカデミー賞の特徴である。『コーダ あいのうた』(2021年)は『オッペンハイマー』より制作費のゼロの数が一個少ない小品だが、作品賞を獲得した。ハートウォーミングなフィールグッドムービーであり、これも万人受けするタイプの作品である。『ノマドランド』(2020年)はさらにゼロの数が少ない小品だが、作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞した。硬派なシリアス作品だが、難解なアート映画の領域には入っておらず、これもアカデミー賞に好まれるタイプの映画である。
コメディ、アクションなど娯楽色の強すぎる作品、逆にアート色の強すぎる作品は敬遠される。映画界でも最高クラスの権威を誇るカンヌ、ベルリン、ヴェネチアは賞傾向的にアート色が濃い。賞傾向が異なるため、これら三大映画祭の最高賞受賞作がアカデミー賞の作品賞を受賞することは稀である。カンヌの最高賞であるパルムドールとアカデミー賞の作品賞を両方受賞したのは、『失われた週末』(1945年)、『マーティ』(1995年)、『パラサイト 半地下の家族』の3本のみ。ヴェネチアの最高賞である金獅子賞とアカデミー賞の作品賞を両方受賞したのは、『ハムレット』(1948年)、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)、『ノマドランド』の3本のみ。ベルリンの最高賞である金熊賞とアカデミー賞の作品賞を両方受賞したのは、今のところ『レインマン』(1988年)のみである。2024年は『ANORA アノーラ』(2024年)がパルムドールを受賞しており、同作が作品賞を受賞した場合、カンヌとアカデミー賞の最高賞を同時受賞した4本目の作品になる。
映画界には映画ファンにもなじみの薄いようなものを含め、数多の映画賞が存在する。その中には、アカデミー賞と賞の傾向が似た映画賞がいくつかある。それらの「前哨戦」で頻繁に名前が挙がっている作品は有力候補である。前置きが長くなったが、アカデミー賞の結果を予想するうえで試金石となる、主要な前哨戦を紹介していこう。