閲覧注意の大量の血と臓物 絶対に感染したくないゾンビウイルス『哭悲/THE SADNESS』
皆さんは最近、なにかを拝んだことがことがあるだろうか。神を拝むのもよし。推しを拝むのもよし。かくいう自分も最近、台湾発のバイオレンスホラー『哭悲/THE SADNESS』を観て拝みました。「大量の血と臓物をありがとう」そして「これ以上は勘弁してくれ」と。
まず最初に。もしあなたが既に本作を観賞することを決めていて、映画を観たあと呑気に映画館近くのバーガーキングでも食べて最高の1日を過ごそうと考えていたらーー断言する。あなたのその計画はご破算となる。少なくともその日1日はなにも口にしたくなくなるだろう。それどころか、映画が終わったら真っ直ぐ家に帰り、締め切った部屋のなかでぐったりと布団にくるまる羽目になる。なぜなら自分がそうだったから。夜まで一切なにも口にしなかった。自分はグロ耐性があるほうだと思っていたが、それでも食欲は無に帰した。本作とはつまり、そういう作品なのだ。
本作は本当にとんでもない作品だ。血の量も臓物の量も規格外だ。本作は一応、ゾンビ映画に分類される(厳密にはまったく違うが)。しかし一線を画すのが自我と知性を残したまま残虐性を増幅させるという設定だ。感染者は人類の最も尊いもののひとつである知性を駆使して暴虐の限りを尽くす。ただ殺すのではなく創意工夫に満ちたなるべく痛々しい方法で拷問をする。数分前までは思いやって言葉を交わしていたはずの人が、次の瞬間には汚い言葉を吐きながら襲いかかって来る。恐るべきは、彼らには皆等しく罪悪感が残っているということ。一抹の理性が自らの恐ろしい行為に涙を流し、それでも残虐性を抑えきれず笑いながら襲いかかってくる。映画には多種多様なゾンビウイルスが存在するが、これほど冒涜的で感染したくないウイルスもなかなかない。思えば定番のゾンビウイルスは自我も喪失するし、体が腐ったとしてもすることといえば人を食べるくらいなので実に快適そうだ。
監督を務めたのはカナダ出身台湾在住のロブ・ジャバズ。レッドバンド版の予告が公開された時、そのあまりにも強烈な内容に惹かれた自分は早速ロブ・ジャバズの名前を調べてみた。結果、大麻が大きくプリントされたTシャツを着た大柄なカナダ人が必死に逃げ惑う本作のオフショットが出てきた。この時点で調べるのを止めた。本作を撮った監督の情報として「大麻が大きくプリントされたTシャツを着て走る大柄なカナダ人」以上に必要な情報があるとは思えなかった。デスクトップの電源を落とし、素直にこの大麻のTシャツを着た大柄なカナダ人のことを信頼することにした。結論から言うと、その信頼は間違いではなかった。ロブ・ジャバズは間違いなくこちらの期待に応えてくれた。いや、応えすぎてしまった。
凶悪な設定に凶悪な展開。画面いっぱいに広がる血と臓物。それらは誤魔化されることがない。道端に転がる死体はどれも見事に腸がまろび出ている。ああ、なんて素晴らしい光景だろうか。過剰に血が吹き出し臓物がまろび出る映画はそれほど多くないし、映画館で観れる機会となるともっと少ない。だからこそ「血と臓物をありがとう」と思えるのだ。もっともその感謝の気持ちは数十分も続かない。あまりにも凶悪な展開の数々にすっかり元気がなくなってしまうからだ。この時点で映画を観終わったらバーガーキングでも食べようなんて考えてた自分の馬鹿馬鹿しさを反省するはめになる。こんなことなら、映画を観る前にお昼をちゃんと食べるべきだったと。もっともそれはそれで吐き気を催しそうなので、どちらが良いかは一概には言えない。ひとつだけ確かなのは、最高に最悪な気分になれるということ。血と臓物と悪意をコトコトに煮詰めてできた煮凝りのような映画。それが本作なのだ。これを規制せずに劇場公開に踏み切った映画配給会社クロックワークスのわんぱくな勇気には敬意を表したい。