『ちむどんどん』二ツ橋が大洗に帰る理由とは? 腕をあげた暢子に何をもたらすのか

『ちむどんどん』二ツ橋が大洗に帰る理由は?

 1976年(昭和51年)、暢子(黒島結菜)がフォンターナで働き始めて5年目の秋。『ちむどんどん』(NHK総合)第46話では、暢子がついにコース料理のメインディッシュを作る「ストーブ前」を任せられる段階となる一方で、料理長の二ツ橋(高嶋政伸)がフォンターナを辞めるかもしれないという話が持ち上がる。

 イタリア料理のコースは前菜の「アンティパスト」から始まり、パスタやリゾットの「プリモ」、肉や魚といったメインディッシュの「セコンド」、デザートの「ドルチェ」と続いていく。ストーブ前はその名の通り厨房での立ち位置を指すが、野球で言えば4番バッター、司令塔のポジション。フォンターナでは確かな腕前で店を牽引する存在の二ツ橋がそこにいた。

 というのも、現在は1カ月間限定で矢作(井之脇海)がストーブ前に挑戦中。暢子がフォンターナに入りたての頃、矢作は前菜を担当していた、暢子の遥か先を歩む先輩コックである。しかし、司令塔という立場からのプレッシャーからか、矢作はほかのコックの作る料理に気を取られすぎて、あろうことか自身が担当するメインディッシュを丸焦げにするという大惨事を引き起こす。結果、ストーブ前は再び二ツ橋が、矢作はホールを担当。ストーブ前は熟練したコックだけが立てる場所ということだ。

 そんなストーブ前への挑戦権を、暢子はオーナーの房子(原田美枝子)から与えられる。通い続けて12年の常連客・淀川(本田博太郎)も「今日のミネストローネは今までで一番おいしい」と舌鼓を打つ腕前に。たとえ態度と言葉遣いが悪く、謙虚さに欠けていても、あの厳格な淀川も思わず笑顔になってしまう料理の実力と愛嬌(という表現がこのシチュエーションではぴったりだろう)が暢子にはあった。

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