井川遥×若葉竜也が『おちょやん』に残したもの 朝ドラが描くさまざまな夫婦の形

朝ドラが描くさまざまな夫婦の形

 千代(杉咲花)と一平(成田凌)が身寄りのない15歳の少年、松島寛治(前田旺志郎)を預かり、面倒を見始めた『おちょやん』(NHK総合)の第16週。面倒見のいい千代が何かと寛治の世話を焼き、「お母ちゃん」と呼ばせようと躍起になっているところへ突然現れたのが高城百合子(井川遥)と小暮真治(若葉竜也)だった。

 千代にとって百合子は憧れのスター女優というだけでなく、人生の節目に何の前触れもなくやってきては心の迷いを吹き飛ばす特別な存在である。女中奉公を始めたばかりの千代は芝居小屋をのぞき見て、そこで『人形の家』のノラを演じる百合子の美しさと情熱的な演技に圧倒された。

 そして、年季明けの将来について自分のやりたいことが何かを考える千代の前に、いきなり黒いマントを振り払って百合子が現れたのが第12話。大山社長(中村鴈治郎)から舞台役者から映画に転向するよう命じられ、反発して逃げていた百合子を千代が岡安にかくまったのだった。

 千代は、百合子が演じた『人形の家』の一節をそらんじ、台本を読みたくて字を覚えたことを伝えた。そのときの「そんなにお芝居が好きなら、自分でやってみたら? 一生一回、自分の本当にやりたいこと、やるべきよ」という百合子の言葉が千代を女優の道へと導いたともいえる。

 そんな百合子と千代の初恋の人であり、鶴亀撮影所を去るときに千代にプロポーズした小暮が結婚していたとは千代も驚きを隠せない。なかなか脚本が認められず、一度は映画監督になる夢を諦めて実家の病院を継ぐ決心をした小暮だったが、再び芝居の世界に戻り百合子と一緒になった今は無精髭で髪も伸び、落ち着いた大人の男といった風情だ。お酒に弱く、優しい話し方はそのままだが、千代と別れてからの8年の歳月を感じさせる。

 権力に屈しない百合子は、その瞬間の自分の気持ちに正直に生き、過去にも他人にも縛られない。上品なアクセサリーやスカーフで華やかな印象を与えるが、基本は黒いドレスに黒のロングコートで誰にも何にも染まらない黒が彼女のテーマカラーになっている。

 ピュアで理想を追い求める小暮と情熱的な百合子は商業的な成功よりも芸術性に価値を置く点でも通じるところがあり、『銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎を彷彿させるビジュアルもお似合いだ。「この世には、いくら頑張っても日の目を見ない人がたくさんいる。そういう人たちを励まし、勇気づけられるような作品を僕はつくりたい。芝居の力で一生懸命生きている人たちが平等に報われる、そういう世の中に変えたいんだ」という小暮に一平は共感するが、一平が目指しているのは普通の家族連れが泣いたり笑ったり楽しめる喜劇だ。

 「戦争に乗じてお涙ちょうだいするような、客に媚び売るような芝居、私はしたくないの」「受ければそれでいいの?」という百合子に対して、千代が「うちは喜劇役者だす。せやさかい、お客さんに喜んでもらえたらそれでよろしいねん」とキッパリ答えるように、千代と一平はつらい日常を忘れて喜んでもらえる芝居を第一に考えている。

 百合子は「女優同士が分かり合う必要なんてないわ」と言ったが、夫婦も同じで完璧に分かり合う必要はないのだろう。いろいろな夫婦の形があるし、根本的に目指すところが同じだと信頼感が増すだけのこと。百合子と小暮は日本にいる限りやりたい芝居ができず、焦燥に駆られソ連に向かおうとしていた。百合子も小暮も「この人しかいない」という気持ちで手を取り合い、危険な道を選んだのだ。

 千代と一平と対照的な百合子・小暮夫婦の存在が登場したことで改めて千代が女優として成長していること、一平が芝居をつくる上でどんな視点を取り入れているのかが浮き彫りになった。百合子と小暮を見送り、彼らへのはなむけの芝居をしたこと、寛治を新しい家族として迎える決意をしたことで千代と一平の間に強く確かな絆があり、2人にしか分からない共通の思いがあることも伝わった。

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