『中学聖日記』は「なりたい自分」を模索する物語だった 有村架純×岡田健史の名演に寄せて

有村×岡田『中学聖日記』の中毒性の秘密

 たとえ視聴率が芳しくなくても、ファンから一途に愛され続ける作品がある。どんなに時間が流れても、いつまでも語り継がれる作品がある。

 全話平均視聴率は6.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。決してヒット作と称えられる数字ではない。にもかかわらず、特別編の放送が決まったのは、『中学聖日記』(TBS系)が人の心と記憶に息づき離れることのないドラマであったことの、いちばんの証明と言えるのかもしれない。

 『中学聖日記』は、教師と生徒によるラブストーリーだ。だけどそれを「禁断の恋」という言葉で語りたくない。なぜなら「禁断の恋」というワードにつきまとうスキャンダラスでセンセーショナルなイメージと、『中学聖日記』の持つ空気感があまりにもかけ離れているから。むしろこのドラマに流れるものは、鍵盤の音のように澄んでいて、水のせせらぎのように透明で、詩のように奥深い。

 決してこの物語は禁忌を破る背徳感に酔ったりしなかった。最後の最後まで法とモラルに従順だった。だからこそ、主人公たちと同世代である10~20代の視聴者だけでなく、母親世代までふたりの恋に没頭できた。まるで失くした恋と重ねるように。あるいは、大切な誰かの恋を見守るように。祈りとともに、結末まで一緒にページをめくっていった。

 煽情的なものや単純化されたものにばかり話題が集まりやすい世の中で、この物語はどこまでも真面目で、どこまでも良識的だった。それが、損な手段だとわかっていても。

 だからこそ、真面目で良識的に生きている人たちの胸を打った。息を止めるように画面に張りつき、締めつけられる胸の痛みに全身を強張らせ、終わったあとも熱と痺れでしばらく何も考えられないぐらい夢中になった。その繊細さと儚さが、『中学聖日記』の中毒性の秘密なんじゃないかと思う。まずは、そのことを改めてこの機会に記しておきたい。

 その上で、この『中学聖日記』の魅力を紐解くなら、やっぱり主人公である末永聖(有村架純)と黒岩晶(岡田健史)のキャラクターの良さは大きい。今回は、作品の中で何度か登場する「なりたい自分」というキーワードをもとに、『中学聖日記』が描いたものを考えてみる。

手放すことで手に入れた、本当の「なりたい自分」

「なりたい自分があって、その前の前に今いると思ったら、行きたい学校見えてこない?」

 志望校を決められない晶に、聖は先生らしくそうアドバイスする。この言葉は、のちに晶が大人へと成長していく上での指針となっていくのだけれど、同時に聖にとっても重要な示唆をはらむものとなった。『中学聖日記』は教師と生徒の恋を描いた作品であると同時に、監視と批判ばかりがエスカレートする現代社会で、うまく自分を肯定できずにいた聖と晶が「なりたい自分」を見つけていく物語でもあったのだ。

 ではまず、聖はいったいどんな自分になりたかったのだろうか。年齢的にはじゅうぶんに大人であり、夢だった教職に就いた。学生時代の恋愛を実らせ、恋人の川合勝太郎(町田啓太)からプロポーズも受けた。自分の幸せを疑う綻びなど、どこにも見当たらない。

 けれど、聖はいつも自信がなさそうな顔をしていた。とても「なりたい自分」になれた人には見えなかった。悪目立ちをしてはいけない、いい子でなければならない、といつも自分にプレッシャーをかけ、ずっと社会のルールから外れないことを是として生きてきた。

 だから、聖は晶への想いに目をそらし続ける。そんな聖の理性と自制心を、原口律(吉田羊)がある種のメフィストフェレスとなってかき乱していくことで、この物語は抑圧から自己を解放し、あるがままの自分で生きていく姿を描いていくのだ、と終盤までそう捉えていた。

 けれど、違った。聖にとっての「なりたい自分」は決して「本当の気持ちに嘘をつかない自分」ではなかった。終盤、晶への恋心を認めることで、一旦聖は「本当の気持ちに嘘をつかない自分」を手に入れたかのように見えた。けれど、最後に彼女はある選択をし、「本当の気持ちに嘘をつかない自分」を手放す。

 その代わりに手に入れたものが、「自分の足で立てる自分」だった。劇中、聖は何度も晶から手を掴まれ、引っ張られる場面が登場する。晴天の運動会で、発車間際の電車のドアで、花火大会の帰り道で。聖は、いつも所在なく引っ張られてばかりいた。

 でも、そうじゃないんだと。誰かに手を引いてもらうのではなく、自分の足で自分の人生を歩いていく。それが、両親の反対や世間からの白い目にさらされた晶との恋で聖が見つけた「なりたい自分」だった。その成長に、同じように自分の足で立っている実感を持てない視聴者たちが勇気と希望をもらった。

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