北川景子、『西郷どん』篤姫役で見せた強さと儚さ 渡辺謙&鈴木亮平との演技に涙の声

 篤姫(北川景子)が江戸に来て2年。将軍・徳川家定(又吉直樹)への輿入れが決まらぬまま、いたずらに時が過ぎていっていた。『西郷どん』(NHK総合)第12回「運の強き姫君」では、吉之助(鈴木亮平)と幾島(南野陽子)の働きかけにより、大奥にいる家定の母・本寿院(泉ピン子)との接触に成功し、ついに篤姫は御台所として輿入れを果たす。

 「江戸におること、父上の娘になったことすら意味をなさぬではないか」と篤姫は吉之助に輿入れへの思いを明かしていたが、後に彼女は女としてのステータスのひとつであるお世継ぎが望めないこと、一橋慶喜(松田翔太)を後の将軍へと命じるための策略結婚である真実を斉彬(渡辺謙)から告げられるのだった。幸せの形に揺れ動く篤姫は、ある事件をきっかけに吉之助と心を重ね合う。

 篤姫が幾島の指南の下、御台所となるための修行を始めるのが第10回。2年の歳月は、言葉遣いだけでなく、御台所としての気品溢れる風格からも伺い知ることができる。家定への輿入れが決まり、喜ぶ篤姫に幾島が同郷の薩摩言葉「もす」をあえてここで使ったのは、女中頭としての役目にひとつの区切りを迎えたから。手厳しい幾島の人情味が垣間見えるシーンだ。また、他藩主への働きかけのためとは言え、磯田屋にて自身から積極的に歌い踊る吉之助の姿も印象的だ。彼もまたこの2年で江戸に染まり、用人として政治を覚えたということだろう。

 斉彬より子を授かることはなく、大奥に一生を捧げなければならないことを聞いた篤姫は、「私は不幸になっても構いません。お父上のためなら、篤は喜んで不幸になります。この命、ただ幸せになるためだけにあるのではございません」と薩摩の姫となったときから覚悟はできていたと志を示す。動揺が表情に表れる篤姫であったが、「お父上の娘になれただけで、篤は幸せでした」と涙を流し、笑顔を見せるその一時は、父と娘としての最後の一時でもあったのだ。

 1855年(安政2年)に起きる安政の大地震は、吉之助たちにも牙を剥いた。吉之助は篤姫を助けるため彼女の元へと向かう。吉之助と2人きりになった篤姫は、「西郷……一緒に逃げておくれ。できるだけ遠くに。公方様もお父上様もいない遠か国に」と、言わば駆け落ちを吉之助に持ちかけるのだ。

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

音楽記事ピックアップ