広末涼子と内田有紀、90年代の“ショートカット・ヒロイン”はどう変化した? 共演作『ナオミとカナコ』から考察

 フジテレビ系木曜夜10時枠で放送がはじまった『ナオミとカナコ』は、百貨店で働く小田直美(広末涼子)と専業主婦の服部加奈子(内田有紀)が、加奈子の夫の達郎(佐藤隆太)を殺そうとする不穏な場面から物語は始まる。そこから、物語は一か月前にさかのぼり、直美は達郎からDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けていたことが明らかになる。ある日、直美は李朱美(高畑淳子)という中国人の女性と知り合う。百貨店から高級時計を盗み転売しようとした李から時計を取り返すために、朱美の仕事先に出向いた直美は、達郎と容姿がうり二つの男と出会う……。

 原作は奥田英朗の同名小説。第一話は序盤の夫の殺害現場に向けての伏線が暗示されたところで終わっており、これから二人がどのような運命をたどるのか期待させる。

 本作を見ていて思い出すのは、同じ木10枠でスマッシュヒットとなった『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)だ。放送当時は主婦の不倫を描いたスキャンダルな作品として話題となったが、本作の根底にあったのは、家庭に居場所のない二人の主婦の奇妙な友情を描いたガールズバディモノであり、家族の呪縛から自由になるために共犯関係を結ぶという、反社会的であるが故の美しさの追及だった。残念ながら、ガールズバディモノとしての『昼顔』の物語は不徹底なまま終わってしまったが、『昼顔』にできなかった“共犯”という名の女の友情を、どこまで追求できるかが、今後の注目ポイントだろう。

 ストーリー以外の見どころとしては、何といっても内田有紀と広末涼子の共演だ。この二人、実はデビュー当初の受け入れられ方がすごく似ている。90年代前半に内田はデビューし、90年代後半に広末はデビューしたのだが、ともにショートカットのボーイッシュなアイドルとして登場し、少年と少女の中間にあるかのような中性的な魅力で一世を風靡した。

 内田有紀と広末涼子、そしてアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイを加えた三人がおそらく、90年代を象徴する三大ショートカット・ヒロインだったと思うのだが、今振り返ると、彼女らの存在は、ふつうの女性アイドルや女優の人気とは違う熱狂を持って向かえ入れられたように感じる。

 それは言うなれば、理想の異性として付き合いたいとか、性的な目線で女性を消費することとは違う、自分の内側にある少年性(あるいは少女性)のようなものを仮託した自己愛のようなものだったのではないかと思う。おそらく、グラビアアイドルのグラマラスな肉体に対して欲情しながらも、気遅れしてしまう思春期の男性にとって、彼女たちは親しみやすい存在であると同時に、自分自身を自己同一化しやすい存在だったのではないか。

 しかし、興味深いのは、中性的な魅力が売りだったはずの内田有紀も広末涼子も、年齢を重ねるとともに、むしろ“女の業”が、むき出しになってきているということだ。広末涼子は、二度のできちゃった結婚をして現在では3児の母となっており、内田有紀も吉岡秀隆と一度は結婚して女優業を引退したが、その後離婚して女優業を再開している。つまりプライベートでたどった運命も似ていると思っていたのだが、こうして共演してみると、女優としての業の深さ、演技に宿る闇の深さは内田の方が圧倒的だと感じた。

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