桜井ユキがなぜ画期的な主人公なのか 『しあわせは食べて寝て待て』の真摯な病気の描き方

『しあわせは食べて寝て待て』真摯な描き方

 スタート以来、良作を生み出し続けているNHK夜22時からのドラマ放送枠、「ドラマ10」。何度かの改編を経て2010年より掲げているコンセプトが、「40代~50代の女性をひきつけるドラマ」だ。4月8日よりスタートした『しあわせは食べて寝て待て』は、まさにそのコンセプト通りの珠玉のシリーズだ。

 麦巻さとこ(桜田ユキ)は、膠原病を患う38歳の独身女性だ。体調が不安定なためフルタイムで働けず、経済的に行き詰まった彼女は、新しい物件を探すことに。ある団地で家賃の安い部屋をみつけたさとこは、大家の鈴(加賀まりこ)、薬膳に詳しい司(宮沢氷魚)と出逢い、交流するようになる。

 膠原病は自己免疫疾患で、中でもさとこは指定難病のひとつ、シェーングレン症候群に悩まされている。個人差はあるものの、共通の症状として寒いとすぐに風邪を引いてしまう、身体がだるくて微熱が出る、関節が腫れたり、痛んだりするとドラマの中で説明される。そしてもうひとつ付け加えると、男女比は1:17と圧倒的に女性が多い(※1)。さとこは不動産会社の正社員を辞め、デザイン会社で週4日だけパートをしているのだが、同僚が「実家が金持ちなのでは」などと何気なく(しかし無神経な)噂話をしているように、一見すれば病気に苦しんでいるようには見えない。

 たとえば単に偏食だと周囲から思われていた人が、実は深刻な食物アレルギーのせいで食べたいものも食べられないということがある。心でも身体でも、症状や障害の現れ方は人それぞれであるがゆえに、不調は可視化されないものの方が多いように思う。主治医がさとこにアドバイスする「食事に気をつけて普通に生活してください」の「普通」とは世間でもよく言うものの、本質的な意味で「普通」に暮らすことができている人は、どのくらいいるのだろうか。社会の中で、他者の痛みや苦痛はしばしば透明化されてしまう問題を、このドラマは提起しようとしている。

 本作において、身体によい野菜や旬の食材を使った薬膳などの美味しそうな料理や、「杏仁豆腐は喉に良い」という薬膳料理のポジティブさは大きな鑑賞ポイントだ。同時に、身体を作る源である食材によって健康を回復し、病気を予防するという薬膳の目的を広く解釈し、不調を緩和するための自分の身体と対話なのだという点に重きを置く。過去に薬膳を教えてあげた近所の住民が、薬膳を信じ込み医者を拒絶するというハプニングが起きて家族から猛抗議された苦い経験から「病人には責任を持てない」とする司のポリシーを通じて、薬膳は万能薬ではないという注釈も忘れずにつける。

 さらに、食にまつわる一つ一つの行動に手間や時間をかける薬膳はいわば「丁寧な暮らし」の範疇とも言えるが、経済的に余裕がなければ丁寧な暮らしはしづらいし、丁寧な暮らしができないとなかなか体調は整わない。序盤ではカップ麺を食べていたさとこも、薬膳を実践するようになった後、スーパーでトウモロコシを手に取るが、あまりの高値に驚いて売り場に戻してしまう。こうしたアイロニカルな現実もしっかり描かれることで、作品のリアリティーと信頼度が増すのだ。

 第1話、経済的不安を口にするさとこに対し、男性の主治医はいかにも悪気のないトーンで「婚活してみるとか?」と“アドバイス”する。また、母親から電話で「こんなことならお見合いさせておけばよかった」と言われたさとこは、病気のせいで生きていくのが精一杯だと反駁する。主治医の言葉は、さとこの心の声や看護師からの叱責を聞くまでもなく直球のセクハラで、さとこの生き方を断じる母親の口ぶりは“呪い”だ。そしてこれらのシーンの不快感は、ある共通する固定観念によるものである。

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