『地震のあとで』は“わからなさ”こそが面白さに のんの声がもたらした“かえるくん”の奇跡

『地震のあとで』“わからない”面白さ

  土曜ドラマ(NHK土曜22時枠)で放送された『地震のあとで』は、村上春樹の連作短編小説『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)を原作とする全4話のテレビドラマだ。

 阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の起きた1995年の出来事を描いた原作小説に対し、1995年から現在までの30年間を舞台にしているのが本作の特徴だが、最終話となる『続・かえるくん東京を救う』は2025年の現在が舞台となっている。

 タイトルに「続」とあるように、本作は小説の「かえるくん東京を救う」の続編となってなっている。小説では東京の信用金庫で融資管理課の係長補佐として働いていた片桐(佐藤浩市)は、現在は地下駐車場の警備員として働いている。ネットカフェからスーツ姿で仕事先に通う姿が序盤で描かれており、生活はラクではなさそうだ。

 片桐は白髪となっており「老い」が強調されている。彼の姿は1995年から30年が経って、ボロボロに疲弊している現在の日本を象徴しているようにも感じる。

 原作は童話のようにシンプルな物語だ。中でもかえるくんのビジュアルはとても幻想的で、二足歩行の巨躯のかえるが饒舌に喋る姿はユーモアと不気味さが同時に存在する。この姿は小説という文字の世界なら読者の想像に委ねることができるが、実写化するとなるとリアルとファンタジーの塩梅がとても難しい。

 そのため、映像化されると知った時は心配だったが、かえるくんのビジュアルは、かえるが二足歩行で歩いているようなリアルな造形となっていてとても不気味だ。だが、声をのんが担当することによって明るい童心と神秘性が宿っている。そんな相反する個性がぶつかることで「かえるくん」という唯一無二の存在が生まれており、こんな奇跡が起きるのかと興奮した。

 一方、かえるくんと片桐は大地震を止めるため、東京の地下に降りていくのだが、地下の暗闇が延々と続く禍々しい映像も見応えがある。

 暗闇の奥へ進んでいくと、この先は見ることも聴くことも危険な「目じるしのない悪夢」のような世界だと、かえるくんは言う。「目じるしのない悪夢」とは村上春樹が地下鉄サリン事件の被害者の証言をまとめたノンフィクション『アンダーグラウンド』(講談社)のあとがきから取られたものだろう。

 このあとがきは地下鉄サリン事件に直面した際に村上春樹が感じた気持ちが素直に綴られている名文だが、本作における地下(アンダーグラウンド)で不気味なものが胎動しているという恐怖のイメージは、この「目じるしのない悪夢」の影響がとても強い。

 暗闇の中で幻聴に苦しめられた片桐はやがて意識を失い、気がつくと謎の男(錦戸亮)に介護されていた。全ては夢だったのか? と思う片桐だが、自分をとりまく空間は違和感の塊で、自分の部屋から飛び出すと赤い廊下が長く伸びており、他の部屋から『地震のあとに』にこれまで出てきた人物らしき存在が次々と出てくる。

 中身のわからない箱や冷蔵庫といった、これまで劇中に登場した象徴的なアイテムが多数存在するこの空間は、ユング心理学風で言うと本作の登場人物の意識が繋がった「集合的無意識」と言える世界だが、ここで片桐の抱える罪悪感が深く掘り下げられる。

 1995年以降の30年間に起きた様々な天災や人災が描かれてきた『地震のあとで』だが、最終話ではバブル崩壊後の大不況という経済的災害も描かれており、信用金庫の融資を打ち切った加害者として片桐は描かれた。

 自責の念に苦しむ片桐を謎の男は激しく糾弾した後、嫌なことは全部忘れてしまおうと優しく語りかける。片桐を糾弾する謎の男の言葉は、大きな事件や天災があるとその瞬間は大騒ぎして盛り上がるが、時間が経つとすぐに忘れて同じことを繰り返す、私たち日本人の在り方そのものを作品の作り手が自己批判しているようにも感じる。

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