「選挙をやっているから民主主義」は間違い? 『世界政治』岩崎正洋が明かす、巧妙化する独裁のリアル

ちくま新書『世界政治』シリーズ編者に聞く
岩崎正洋、松尾秀哉編『世界政治1 ――民主化と権威主義化』(ちくま新書)

 ウクライナ戦争、ガザ侵攻、ベネズエラ攻撃、イラン攻撃――日々、スマホを開けば世界を揺るがす大事件が次々と飛び込んでくる。イラン攻撃に伴うホルムズ危機は、遠い国の武力衝突が日常と密接に結びついていることを白日の下に晒した。世界政治を知ることは、私たちの暮らしやビジネスの「足元」を知ることといっても過言ではない。

 今年4月、『世界政治1』(ちくま新書)が刊行された。同書は「比較政治学」の手法で世界各国の政治の共通点や相違点を明らかにする論文集だ。シリーズ全5巻の刊行が決定しており、第一巻である『世界政治1』では「民主化と権威主義化」をテーマに、冷戦崩壊以降の世界各国における民主主義と権威主義の覇権争いに光を当てている。権威主義国家が存在感を高める今の世界を知るうえで必読の一冊だ。

 同書シリーズで採用されている「比較政治学」とは、どのような学問なのか。比較政治学が私たちに授ける世界の見取り図とは。編者の一人である日本大学法学部教授の岩崎正洋氏に聞いた。

比較政治学は「政治の普遍性」を炙り出す

岩崎正洋氏

——『世界政治』シリーズは、「比較政治学」の手法で世界各国の政治を解説する新書です。そもそも比較政治学とはどのような学問なのでしょう。

岩崎正洋氏(以下、岩崎):比較政治学は、端的に言うならば、世界各国の政治の共通点や相違点を浮き彫りにすることで、政治の普遍性を明らかにする学問です。「比較」と聞くと、つい善悪や好き嫌いの判断をイメージしてしまいがちですが、言葉の本来の意味は「複数のものを並べて比べること」ですよね。比較政治学も、世界各国の政治に関する仕組みやメカニズム、歴史、文化などを価値中立的に比較して、共通点や相違点を見出していきます。

 この点で、比較政治学は、国家間で起こる出来事に着目する「国際政治学」と異なります。国際政治学が国家”間”の出来事を分析の対象とするのに対して、比較政治学は国家”内”の出来事に焦点を当て、各国間の比較を通じて分析する、と言えば分かりやすいでしょうか。

 しかし、書店に行くと分かる通り、「国際政治」の棚はあっても「比較政治」の棚はない。世界の政治に関する学問は、総じて「国際政治」だと理解されているのでしょう。なので、本シリーズを通じて、比較政治学の存在を広く知らしめたいというのが編者としての願いの一つです。

――昨今、世界の政治のニュースがメディアを賑わせていますし、世界各国の政治情勢を深く理解したいという関心は高いように思います。

岩崎:昨今のイラン攻撃やウクライナ戦争などのニュースを目にして、アメリカやロシアの政治に関心を持つ方は増えたように思います。しかし、トランプやプーチンの動向や人間性に終始した、表面的な報道も少なくありません。また、海外の戦争などを報じる際にも、経緯やあらましは整理しているものの、その背景にある要因や発生のメカニズムにまでは迫っていないことが多いです。

 「歴史は繰り返す」と人はよく口にします。突如、勃発したように思える武力衝突にも、長年燻っていた火種があるかもしれない。誰もが予想すらしない選挙結果にも、先例と言える出来事があるかもしれない。政治は人類が共有する普遍的な営みですから、国や政治体制は違ってもどこか似てくる。そうした普遍性を炙り出すためにも、比較政治学は有用だと思っています。学究的な関心でなくても、今、世界で起こっている出来事をより深く、俯瞰的に理解したい読者には、ぜひ比較政治学に興味を持ってほしいと思っています。

「民主主義の勝利」は幻想だった?

――シリーズ第一巻のテーマは「民主化と権威主義化」です。権威主義国家の台頭は、まさに今の世界で広く見られる現象ですね。

岩崎:20世紀初頭は帝国主義の時代で、当時の列強が植民地獲得を競っていました。その後、第二次世界大戦後に帝国主義の時代は終焉し、冷戦を経て、20世紀後半には世界的な民主化の波が訪れます。ラテンアメリカ、南欧、アジア、アフリカ、東欧と、次々と民主主義国家が誕生してきました。

 「政治の普遍性」は、こうした現象に顕著です。全く異なる地域にもかかわらず、同時多発的に似た政治現象が発生する。そう考えると、昨今の権威主義国家の台頭も一つのトレンドと言えるのかもしれません。

――90年代初頭にはフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を唱えました。自由民主主義体制が人類の政治体制の完成形であるといった主張です。しかし、第一巻を読むとカンボジアやエクアドルなど、一度は民主化を進めたものの程なくして再権威主義化していく国もあったと分かります。

岩崎:たしかに90年代初頭は「民主主義の勝利」が楽観的に信じられていて、その論調を支える学術研究もありました。その意味ではフクヤマの主張にも信憑性があったと言えます。

 しかし、そもそもですが、政治の形態に「勝利」はあるのでしょうか。各国の政治体制を支えるのは、それぞれの国民です。人間の価値観が多様である以上、民主化を望む人もいれば、独裁的なリーダーを支持する人も存在する。しかも、政治は福祉政策や社会政策など、多様なイシューで構成されます。そうした複雑な事象を「自由民主主義」という唯一の解で解き明かせるのかといえば極めて疑わしいです。

――第一巻ではロシアのプーチン大統領が国民から支持される歴史的経緯についても解説されていますね。しかし、だとすると、民主主義と権威主義が対等の政治体制ということになりませんか。

岩崎:対等かどうかはさておき、「民主主義が絶対」という考えは思考停止に繋がるとは思います。こうした点が比較政治学の大きな特徴です。規範的な立場ではなく、あくまで実証的に現象を分析する。私自身は、民主主義下における自由の保障や手続きの透明性、多様な価値観の共存は尊いと思っています。しかし、対象を客観的に捉えなければ、その価値もなかなか見出せません。

 昨今、世界的に極右の政治勢力が台頭するなかで「価値中立的な立場は極端な主張を看過してしまうから危険だ」との批判をしばしば目にします。しかし、人間という存在が本来的に多様である以上、そうした歪みは避けられない。その前提のうえで、人々の政治に対する意識をいかに醸成していくかが重要なのだと思います。その点でメディアや教育の役割は極めて大きいです。

巧妙に進化した「操作の独裁政治」

――啓蒙の重要性という意味では、第一巻のコラムで取り上げられている「恐怖の独裁者から操作の独裁者へ」が興味深いです。昨今の権威主義体制では、かつてのようにあからさまな暴力や圧政は用いられないと。

岩崎:「恐怖の独裁者から操作の独裁者へ」は、経済学者のセルゲイ・グリエフと政治学者のダニエル・トリーズマンが唱えました。近年、表向きは民主的な選挙を実施しているが、選挙制度や情報を操作することで事実上の独裁体制を維持する国が増えています。そこでは前時代的な武力による威嚇や不当な身柄拘束はあまり見られない。民意の反発の少ないより巧妙な手段が用いられるわけです。

 そのため、現在の世界では「選挙を実施しているから民主主義国家」とは必ずしも言えません。だからこそ、各国の制度や権力構造を精緻に比較して分析する必要があるのです。

――しかも驚きなのは、アメリカのような大国でも「操作」が行われていることです。

岩崎:その通りです。アメリカが独裁国家とは言えないまでも、共和党による党派的ゲリマンダリング(恣意的な選挙区再編)など、選挙制度を歪める働きかけは常態化しています。6月に刊行予定の第三巻では「トランプ大統領を勢いづけるアメリカ二大政党政治」と題する論文で、トランプ大統領の横暴にも見える政治行動が、いかにアメリカの政党政治の仕組みに後押しされているかも分析しています。

日本にも忍び寄る権威主義化の影

――権力による抑圧は世界的に巧妙化していると。そうしたなかで、私たち国民にはどのような態度やリテラシーが求められるでしょうか。

岩崎:やはり「権力の監視を怠ってはいけない」に尽きると思います。かつてとは違い、抑圧の手段が見えにくくなっているわけですから、より注意深く権力の動向をチェックしなければいけない。それは私たち日本に住む人々にとって例外ではないわけです。

――第一巻で取り上げられている各国に比べると、日本では大規模な紛争や軍事クーデターはなく、政治は安定しているようにも思いますが。

岩崎:本シリーズでは日本政治はあまり分析対象に含まれていませんが、しかし、各国の政治を掘り下げるなかで決して他人事ではない傾向も見て取れます。

 例えば、2月の衆議院議員総選挙では高市自民が歴史的圧勝を収めたわけですが、その勝利をもって裏金事件に端を発する「政治とカネ」問題が解決したのではありません。高市政権以前の岸田、石破両政権の退陣には「政治とカネ」問題が深く関わっていました。それにも関わらず、いつの間にか問題自体が消え去ったような風潮が広がっています。高市首相が、裏金事件に関連して政策秘書が罰金刑を受けた萩生田光一氏を党幹事長代行という要職に据えたことにも象徴的です。日本における国民やメディアの監視機能は十全に機能しているとは言いがたいでしょう。

――国民やメディアの監視機能低下の要因は何だと思われますか。

岩崎:よく指摘されることですが、情報量の爆発的増加とメディア形態の変化は大きいです。あらゆるニュースがスマホを通じて、短時間かつスピーディに流れていってしまう。そうなると、政治家の不正と熊の出没と大谷翔平のホームランが等価の情報として認識され、政治が重大事だという感覚は薄れていきます。だからこそ、「情報の氾濫に流されない」という強い意思が、有権者の側に欠かせないのです。最近では、選挙すらも、当選者を予想するゲームのように受容されている節があります。

――昨今、「選挙が推し活化している」という指摘も多いです。アイドルを推すように政治家に投票してしまうと。

岩崎:有権者がそうした態度では、選挙期間中には多少、議論が盛り上がったとしても、選挙後の議会での論戦に関心が集まりません。そもそも政治とは「未来志向の営み」です。有権者の一票は、投票した政治家や政党に未来を託す意思表示に他ならない。政治について考えようとすると、人間はついつい過去を振り返りがちなのですが、「明るい将来を築く」という政治の本来の目的を忘れてはいけません。だからこそ、選挙にばかり注目して、当選後の政治家への監視を怠るような態度は改めなければいけないと思います。

「政治は国民が変えようと思えば変えられる」

――第一巻以降のシリーズについてもご紹介いただけますか。

岩崎:5月から毎月刊行予定なのですが、第二巻のテーマが「紛争・戦争・政治的暴力」、第三巻「政党政治のゆくえ」、第四巻「大統領制と議院内閣制」、第五巻「新たな政治の課題」です。第五巻のテーマがやや抽象的で幅広いですが、これはジェンダーやインターネット、AIなどの私たちの日常生活に身近な物事が、いかに政治に影響を与えているかを扱っています。

 つまり、巻を追うごとに取り扱うテーマが「小さく」なっていきます。第一巻の「民主化と権威主義化」を皮切りに、国家間の戦争、政治体制を支える仕組み、リーダーや政治家、日常生活と、スケールが小さくなっていくわけです。

 こうした構成にしたのは、スケールの大きな物事から順に説明したほうが分かりやすいだろうというだけで、取り立てた意図はありませんでした。しかし、執筆者の原稿が集まり、編集を進めるなかで興味深いことに気付きました。それは第一巻と第五巻の内容が呼応しあっていることです。一見、政治体制と日常生活は遠く隔たっているように思えますが、実際には数あるテーマのなかで最も密接に関連していました。

――つまり、政治は「国民の生活」と相互に影響しあっていると。

岩崎:その通りです。だからこそ、私たちは政治に意識を向けるべきだと思いました。もし国民一人ひとりが政治を変えようと思えば政治体制は十分に変わりうるのですから。そのことを再確認できたのは、本シリーズの編者を務めた意外な収穫でした。シリーズを通読してもらえば私の意図するところはご理解いただけると思います。なので、ぜひ多くの方に本シリーズを手に取っていただきたいと願っています。

■書誌情報
『世界政治1 ――民主化と権威主義化』
編集:岩崎正洋、松尾秀哉
価格:1,056円
発売日:2026年4月9日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま新書

『世界政治2 ――紛争・戦争・政治的暴力』
編集:岩崎正洋、松尾秀哉
価格:1,078円
発売日:2026年5月9日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま新書

『世界政治3 ――政党政治のゆくえ』
編集:岩崎正洋、松尾秀哉
価格:1,078円
発売日:2026年6月10日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま新書

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