「古くなることを恐れずに現代を書きたい」大藪春彦新人賞受賞作家・浅沢英『ジオフェンス』インタビュー

『贋品』で脚光、浅沢英インタビュー

 デビュー長篇『贋品』に続く第5回大藪春彦新人賞受賞作家・浅沢英の新刊『ジオフェンス 蔦谷昂一郎の事件簿』はスピード感あふれる物語だった。美術品贋作に関する物語だった前作とは打ってかわって、最先端技術を駆使した犯罪に立ち向かう若手弁護士を主人公とする連作短篇集である。令和の現在を描いた作品としても興味深い。(杉江松恋)

自分は28歳のときに、昂一郎みたいに突き進む人間じゃなかった

浅沢英『ジオフェンス 蔦谷昂一郎の事件簿』(徳間書店)

浅沢英(以下浅沢):デビュー作の『贋品』に取り組んだ際、現代の贋作作りはどうなっているのかを調べたのですが、そのときに現代テクノロジーについて知る機会があったんです。なるほど、技術がそうなっているからこういうことが起きるのか、と。贋作作り以外の部分でも、身近にあるのにあまり意識してない、テクノロジーに関するトピックが副産物として残りました。それを使って何か作りたい、というのが本作の出発点です。もう一つ、若者を書きたいな、とも思ったんです。十代の方から見れば蔦谷昂一郎は28歳だから、あ、おじさんだな、となると思うんですけど、僕の年齢から見たら本当に若者で(笑)。自分は28歳のときに、昂一郎みたいに突き進む人間じゃなかったんですよ。

ーー昂一郎は、法は守りますけど結構無茶しますよね。私がいちばんびっくりしたのは弁護のために“あるもの”を買う話です。筒井康隆の『富豪刑事』かよって。

浅沢:そうですね(笑)。20代の僕は、何の枠からもはみ出られないし、何かやらかしてみようっていう勇気もないんです。だから、そういう主人公を書くとなったときには、警察のような組織にいてそこからはみ出していくのではなく、もう少し自由な立場で事件を捜査する職業がいいかな、と思いました。それで弁護士なんです。

浅沢英

ーーなるほど、そういう立場で信念の下、突き進む人を書きたかったと。

浅沢:第1話「トワイライト・ゲーム」で昂一郎は、あることがきっかけで自分の意志とは関係なく事件を捜査しなければいけなくなります。そういう流れとは別に彼には、こんな風に生きたい、という大きな目的があると思うんです。自分はそういう28歳ではなかったけど、彼はそうであってくれと。また、せっかく物語として書くんだから、窮屈に現実にしがみついているんじゃなくて、もっとぶっ飛んでもらいたかったという思いもありました。

ーー昂一郎は本当の行動派というか、考えたらすぐに動くような主人公ですよね。うじうじ悩んでいることもあまりないし、過去も引きずらないんだな、と思いました。

浅沢:ええとですね。これは結果としてそうなりました。というのは、そこを書いちゃうと、僕、むちゃくちゃうじうじした人間を書いてしまうと思うんです(笑)。うじうじ考えた結果、何もできない。たぶん28歳のリアルな僕が出てきてしまって、さっき言ったようなぶっ飛んだ主人公になってくれない。僕にもっと作家としての書く技術とか熟練度が増せば、過去の自分が出てきても、しっしっと追い払って割り切ったことを書けると思うんです。でもこれを書いているときは、そういうことを懸念しましたね。

ーーなるほど。そのへんが最近の新人の作品らしくないというか、あまり内省的なことを言わないのがおもしろかったんです。こんなに行動することに徹底している主人公はなかなかいない。作品の特徴になっています。全4話になっているのは、最初からその構成だったのでしょうか。

浅沢:出発点では5話だったんですけど、途中で、これは要らないな、と省きました。うまく話としてまとまらなかった、という記憶があります。

遅れてきた新人なんで、誰もやってないことをやりたくて(笑)

ーー各話で現代の日常生活を下支えしているさまざまなテクノロジーについての話題が出てきます。2020年代だからこそのものですよね。そういう技術に着目されることから始められたのでしょうか。それとももともと描こうとしている事件についてのアイデアがあって、それに合ったテクノロジーを探してこられたのか、どちらですか。

浅沢:技術が先です。若者を書きたいという要素は早期にありましたから、技術について考えながら、若者がそれをどう解決していくのか、というように組み立てていったのだと思います。

ーー読みながら感心したのは、そうした技術の問題だけじゃなくて、現代日本の状況にも踏み込んで書いておられることです。たとえば今、日本にはたくさんの外国籍の方がいらっしゃいますが、そうした存在についても自然な形で触れていますね。

浅沢:それだけで1本になるテーマですし、深く書こうとは思っていなかったんですが、今やコンビニでも外国人店員の方なしには回っていかないですから。あるべきものはそのままに、という感覚で書いたのだと思います。主人公の昂一郎くんも、誰かと誰かを色分けするようなキャラクターではないので、そういう外国籍の方たちと接点ができていくのは自然の流れでした。

ーー今お話に出た主人公像は、どういうところを最初に決められましたか。

浅沢:とにかく、相手が国家であろうとなんだろうと壁を突き破ってもらいたいということです。あと決めたのは、兄弟はいるけどそれほど密接な関係ではなくて、親はもういないと。別に一人で陰に籠っているわけじゃないですけど、立場としては孤独な人だろうと思いました。

ーー突き進む人だけど人当たりはいいんですよね。いわゆる一匹狼的な印象はない。人と話をするけど、忠告は聞かないという。その辺の、あまり格好つけすぎじゃない感じもいいですね。

浅沢:はい、もっとハードボイルドな性格でも成り立つ話だと思うんですけど、最初から人にガツンと噛みついていくような性格にはしたくなかったんです。最初から完成されたヒーローではなくて、何かをきっかけに変貌するというところが書きたかったんです。

ーー第1話の「トワイライト・ゲーム〈品川ふ頭殺人事件〉」は昂一郎が冤罪を晴らすという内容になっています。ここで依頼人が容疑者とされた根拠が、現在では顔認識システムから採られた証拠ですね。万博を前に、大阪の地下鉄などではシステムが実用化されました。

浅沢:それについての興味が出発点でした。当たり前にあるのに、みんな見過ごしているんですよ。だからこそ、使えるんじゃないかな、と。他にもこの中で書いた技術はあるんですけど、もう通販とかでも機械は買えて、それで遊んでいる高校生とかいるんですよね。でも普通に暮らしていると、あまりそういう話題は出てこない。僕は遅れてきた新人なんで、誰もやってないことをやりたくて(笑)。

ーーたとえば有栖川有栖さんは、現代の科学捜査技術が存在することを前提として、昔ながらの犯人当てやトリックの小説が書けないかという実験を続けておられます。小説のタイプは違いますが、似た志向を感じますね。そういう技術に着目するような視点というのは、以前からお持ちだったんですか。

浅沢:いえ、『贋品』からです。もともと僕は理系人間ではないので、一から知識を理論的に積み上げようというつもりはないんです。でも、たとえば顔認識なら図書館に申し込めば資料は山のように準備してもらえますし、テレビのドキュメンタリー番組などでも気を付けて観ればすごい情報が入って来る。そうやってシャワーのように情報を浴びていけば、素人の僕にも結構わかる部分があって、これはいけるか、それとも使えないか、という吟味の繰り返しの中で他人がやってなさそうな領域を見つけていけたんですね。何か小説のネタになるようなものないかな、と思っているとアンテナが自然と張っていくんですかね。僕は小説家としてデビューする前はスポーツを中心としたノンフィクション系のライターとして生きてきたんですけど、その頃は技術に関することなんてまったく考えたこともなかったです。

ーーたとえばハッキングの話であるとか、専門的な知識を一般層向けの用語で噛み砕いて説明しておられる箇所が読みやすいなと思いました。そのへんのバランスをとるのは大変だったのではないかと思います。その技術が本当にできるかどうかという現実性については、専門家に確認して書かれているのでしょうか。

浅沢:はい、専門家の方にはレクチャーしていただいて、ある程度ベースになる知識ができたところで書いています。書いていて専門用語が並びすぎると話が進まなくなってしまうという問題はありました。

ーーだから、アクションの最中に説明の文章を挟むなどの工夫をしておられますよね。車で移動している間に話させたり。動きの方に関心を向けておいて、さっと読ませるという。

浅沢:まさにおっしゃるとおりです(笑)。

ーー第2話「ランドクロス〈海岸道路暴走事件〉」は自動運転車の暴走が話題になります。東京・池袋の痛ましい事故などがあって一時期関心が高まった話題です。

浅沢:これはわりと以前から関心がありました。実際に事故は起こってしまっているんですね。リコールもあったんですけど、今はそれに蓋をしたような状況になっている。誰も書かないなら、自分が書かせてもらおうとは思っていました。

最初の深い読書体験は江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズ

ーー全4話の連作という形式で、それぞれの話のパターンはどの程度変えようと考えられましたか。

浅沢:実を言えば、いちばん基層のパターンは一緒なんです。そこに絡んでいる要素が、最後に謎解きの場面があるのか、アクションやスリラー的展開で結着をつけるのかとか、そういう変化はつけています。でも基本にあるのは、蔦谷くんを苦しめて、どうにかなってもらおうということですね。

ーーそうなんですね。最初の2話が、ある事件が起きてそれが解決されるまで、という単層構造なのに対して、後半の2話、「ジオフェンス〈金塊強奪・拳銃殺人事件〉」と「ゴー・バック〈アルバイト従業員失踪事件〉」が事件が複数あったり、単純に事件の謎を解くだけではなくて、それによって引き起こされた事態を解消しなければならなかったり、と複層構造になっているのがおもしろかったんです。だんだん複雑化させていって、読んでいる人を退屈させないという狙いなのかなと。

浅沢:狙ってそうできるんならすごくいいんですけど、自然とそうなったんですよ。主人公の蔦谷昂一郎は自分の意思ではない形で事件捜査に巻き込まれてしまって、そのことで禍根が残るんです。次の事件を解決しても、そっちは元のままなので、どこかで結着をつけないといけない。連作だけど一冊のストーリーなので、最後には宿題をやるべきだろうなと。そういう流れですね。

ーー昂一郎には、手を貸してくれる味方がだんだん増えてきますよね。彼の熱意みたいなものが周囲の人を巻き込んでいっているというか。

浅沢:あれは昔話の桃太郎です。または西遊記みたいな感じですかね。昂一郎はミステリ研出身なんで、ちょこちょこシャーロック・ホームズへの言及があります。ホームズは探偵として最初から完成されたキャラクターです。そういう探偵が事件を解決するという積み重ねでできているんですね。でも昂一郎は未完成の探偵なんで、だんだん仲間は増えていくけど、自分の悩みも深まっていって、その分抱え込むエネルギーも大きくなっていく。そういう展開になるといいな、とは思っていました。

ーーなるほど、主人公本人が人間関係の中で成長していくわけですね。本人が超人化するのではなく仲間が増えることで強くなっていくという。今ホームズの名前が出てきたので伺うのですが、浅沢さんはミステリはどのくらいお好きでいらっしゃったんですか。

浅沢:最初の深い読書体験は江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズだったんです。小学校のときに自分でも少年探偵団を作りまして。僕の親友が創設者だったんですけど、小林団長はそいつにとられて、僕は副団長でした。それで公園で怪しいおっさんを見つけて尾行したりしていました。だいたいパチンコ屋に入って終わりなんですけどね(笑)。以降は純文学的なものを読むほうが多くて、宮本輝さんとか村上春樹さんとか、みんな読んでいましたね。そこからミステリの方にだんだん帰っていった感じです。ホームズに帰ったきっかけはNHKで放送していたドラマです。だから、割と大人になってからでした。

ーーなるほど。謎解きに特化したもの以外も広く読んでおられたんですね。デビュー作の『贋品』は犯罪小説とかスリラーに分類されると思いますが、意識した作品はありましたか。

浅沢:これを言うと、「お前大きく出たな」とか思われるかもしれないですけど、黒川博行先生の『文福茶釜』(文春文庫)です。

ーーなるほど、あれは美術品贋作を古物商が掴ませ合う話でした。

浅沢:黒川先生は関西の方で、僕もそのへんでうろうろしてますので、目標にするところはありました。もう一方、自分が大薮春彦新人賞をいただいたときの選考委員でもあった今野敏先生や馳星周先生には影響を受けていると思います。受賞したときにはちょうど新型コロナウイルスが流行した時期で贈賞式がなかったんですが、『贋品』の帯に推薦文も書いてくださいました。

ーー今野さんや馳さんが選考委員を務められた大薮春彦新人賞(現在は徳間書店小説新人賞)に応募されたということは、犯罪小説の方に自分の適性があると思っておられたんですか。

浅沢:そこまで意識してはいなかったと思いますが、乱読の歴史の中でやはり影響は受けていると思います。僕は小説家になりたいと思ったとき、ジャンルに対する意識がほぼなかったんです。いわゆる純文学と言われるものからエンタテインメントまで、なんでもありで。若いころに一度投稿をしていた時期がありまして、そのときは上手くいかなかったんです。それでしばらく経ってからまた応募した最初が、大薮春彦新人賞でした。大薮春彦新人賞のあとに他の賞にも応募していますが、そちらは最終選考まではいきませんでした。

ーージャンルを強く意識するというよりも、お書きになりたいものに挑戦していく方だと思っています。どういうものを書いていきたい、という心づもりは何かございますか。

浅沢:まず、現代を舞台にして書きたい、ということがあります。時代を深く遡らなくてもいいかなと。例えば、僕はバブル直撃世代ですけど、そこに題材を採るとなると、さっきの28歳のうじうじした自分が出て来てしまいそうで(笑)。せっかくですから今回のテクノロジーのように、どんどん進化していって古くなってしまうかもしれないけど、それも恐れずに現代を書きたいという気持ちがあります。それに、もうちょっと若者を書いてみたいですね。もうひとつ、やはりミステリに挑戦したいとも思います。斬新なトリックを考えだすことはできないかもしれないですけど、大きな謎があってそれを調べていくとか、そういう構造のある物語をちゃんと書いてみたいとは思っています。

ーー楽しみです。浅沢さんは書きたい物語の卵みたいなものがあって、それをご自身の言葉で形にしていらっしゃるという印象があります。作家としてとても好ましいことだと思いました。最後に、本作を今から読まれる方に一言いただけますか。

浅沢:はい、身近にあるテクノロジーを使って起きる犯罪は現実にもあるはずなんで、それを書いてみたいと思った作品です。3話目になっている「ジオフェンス」という話は、犯罪者がテクノロジーを使うのではなく、蔦谷昂一郎がテクノロジーを使って追いつめていく話になっています。ぜひ蔦谷昂一郎を応援していただけたら嬉しいです。

■書誌情報
『ジオフェンス 蔦谷昂一郎の捜査録』
著者:浅沢英
価格:2,200円
発売日:2026年5月13日
出版社:徳間書店

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