クオンツ・冨島佑允が伝授する、市場との上手な付き合い方「投資を忘れるくらいがちょうどいい」


各所で話題を呼び、発売から1か月で3万5千部以上を売り上げた冨島佑允『金融数学入門』(ブルーバックス)。プライシング理論、ポートフォリオ理論、リスク管理など、勘や経験に頼らずに資産運用を行うための理論を解説した一冊だ。著者の冨島は学生時代に素粒子物理学を専攻し、現在は数学を駆使して投資を行う「クオンツ」として活躍している。
このたび、冨島がYouTubeチャンネル『【科学の教養】ブルーバックスチャンネル』に出演した動画が公開された。番組の聞き手はフリーアナウンサーの赤井麻衣子。リアルサウンド ブックではその撮影現場を取材し、金融数学の考え方からクオンツという仕事、そしてこれからの投資との向き合い方まで冨島に話を聞いた。
金融数学を支える原理は「タダ飯はない」

――まず、『金融数学入門』がどんな本なのかを教えてください。
冨島佑允(以下、冨島):本書で扱っているのは、大きく三つあります。まず、物の価値を合理的に見極めるための「プライシング理論」。次に、投資するときの配分を考える「ポートフォリオ理論」。三つ目が、市場が荒れたときにも耐えられるようにするための「リスク管理」です。この三つの理論を理解し組み合わせることで、実際の投資や資産運用を考えられるようになる、というような形になっています。これらの土台となる原理として、「無裁定条件」を一番はじめに解説しています。
――「無裁定条件」とはどんなものですか。
冨島:一言でいうと「市場にタダ飯はない」、都合よく楽に儲かるようなうまい話はないぞということです。
例えば、本来同じ価値のものがある場所では安く、ある場所では高く売られてたとしたら、安いほうで買って高いほうで売れば何のリスクもなく利益が出せますよね。でも、そんな機会があれば誰かがすぐ取引をするので、価格差はなくなっていく。だから市場では「本質的に同じ価値のものは同じ値段になる」と考えられるんです。
――この条件がどうやってプライシング理論などにつながるのでしょうか。
冨島:例えば、複雑な金融商品に見えるものでも、単純な金融商品の組み合わせにバラして評価することができるようになります。「同じ価値のものは同じ値段」という前提があるためです。
――無裁定条件は常に成り立つのでしょうか?
冨島:先進国の分厚い金融市場だとほぼ成り立つんですが、現実の市場ではいつでもどこでも同じように成り立つわけではありません。
取引手数料が高かったり、空売りに制約があったり、そもそも取引相手が見つかりにくい市場もあります。そうなると、価格のずれがあってもその差が即座に解消されません。「自由に取引できる」という大前提が必要なんです。

――本書の中では様々な理論が紹介されていますが、金融数学の理論を研究する人たちは、なぜ成果を共有するのでしょうか? 素人考えだと、いい理論を見つけたら自分だけで使って儲けたくなりそうです。
冨島:それぞれの価値観によりますね。新しいことを見つけたとき、それを学術界での功績として積み上げたい人もいれば、公表せずにヘッジファンドを立ち上げて活かしたい人もいます。研究者のなかにも、自分でも投資する人もいれば、研究そのものに没頭しているような人もいます。本当に人それぞれです。
――『金融数学入門』はどういう読者を想定して書かれたのでしょうか。
冨島:大きく三つ考えていました。一つは金融機関の方々ですね。銀行や証券、保険、資産運用会社などで、理論やモデルをツールとして使ってはいるけれど、その背景まで勉強する時間がなかなかない……というような方。
二つ目は個人投資家です。自分なりの判断軸を持って、周りに振り回されずに合理的に投資したい方。
三つ目は起業家や経営企画、CFOの方々です。ファイナンスの基礎を網羅的にカバーしているので、ビジネス全般の足腰を鍛える本としても役立つと思っています。
――ブルーバックスの本としては珍しいテーマかなと思いますが、ブルーバックスで書くということについて何か思うところはありましたか?
冨島:私自身子どもの頃からブルーバックスが大好きでしたし、「ブルーバックスなら数式入れ放題じゃないか」と思って嬉しくなりました。
これまで書いてきた一般向けの本ではどうしても数式を抑え気味にしてきたんですけど、今回はかなり多めに入れさせてもらいました。もちろん、文章も分かりやすくなるよう工夫しています。数式を飛ばして読む方もいるだろうと思ったので、文章だけでも理解できるように意識しました。
金融数学と物理学は似てる?
――冨島先生の職業でもある「クオンツ」について教えてください。
冨島:数学を使って投資をする、という仕事です。
投資をするときに自分の勘や経験に頼るというやり方ももちろんありますが、それだけだと再現性がなかったり、人によって判断がぶれてしまったりする。そこで定量的な分析や、最近だとAIも活用しながら、できるだけ客観的に投資を考えていくのがクオンツの役割です。
――クオンツになる前は素粒子物理学の研究をされていたとのことですが、投資と物理学は何か近いところがあるのでしょうか?
冨島:ごちゃごちゃした現実を、少ない基本原理から出発し、数式を使って解き明かしていく……という意味では物理学も金融も本質的には似ていると思います。
相対性理論が「光速度不変」などの公準から出発して時空の謎を解き明かすのと同じように、金融数学は「無裁定条件」から出発して混沌とした金融の世界を解き明かすのです。
――クオンツの普段のお仕事は、研究が中心になるのでしょうか。
冨島:研究中心のクオンツもいますし、私のように実際の投資に活用するモデルを開発するタイプもいます。たとえば投資判断に使うAIを作ったり、企業の信用力に関わるイベントの発生確率を推定する数理モデルを作ったりしています。
――最近のAIの流行で業務内容に影響はありましたか?
冨島:今まで自分で全部書いていたプログラムを、かなりAIに任せられるようになりましたし、基礎的な分析レポートもAIが書けるようになってきています。
事務作業やプログラミングをAIに任せられる分、人間は「どの銘柄をどう見るか」「どんな投資アイデアがあるか」といった議論に、より時間を割けるようになりました。
ただ、AIを使いこなせたとしても簡単に儲かる仕組みがつくれるわけではありません。市場そのものがどんどん賢くなっていくので、優位性はすぐなくなってしまいます。
大切なのは「市場に居続けること」
――いまの時代、投資はやはり必要になってきているのでしょうか。
冨島:そう思います。日本の家計金融資産は約2000兆円ありますが、その約半分は現預金として眠っています。もちろん慎重であること自体は悪くないのですが、インフレの時代には、預金だけでは実質的に資産が目減りしてしまいます。ある程度はリスクを取って、お金にも働いてもらう必要が出てきていると思います。もしこの眠っているお金が少しずつ動いていけば、日本全体ももっと豊かになっていくはずです。
――実際に始めるなら、どういう投資の仕方がよいのでしょうか。
冨島:私自身は国際分散投資を重視しています。特定の国に偏りすぎず、世界中の株式に分散して持つことですね。
ただ、何より大切なのは「市場に居続けること」です。無理な金額を投資に回したり、調べ物で消耗しすぎたりすると、長続きしない。だから、証券会社や投信の仕組みを使って、無理のない金額で、自動で積み立てていくのがいいと思います。いっそのこと、投資していることを忘れるぐらいがちょうどいい。そうやって長く続けることが、結果的にはいちばん大事なんです。
――本書を読めば資産を増やせるようになりますか?
冨島:残念ながら本書を読んだからすぐ大金持ちになれる、というわけではありません。ただ、合理的な投資のやり方が分かると、少なくとも負けにくくはなりますし、市場が大荒れしたときも何が起きているのか自分で理解できれば、感情に流されにくくなります。その意味で金融数学は、儲かる魔法というより、市場と付き合い続けるための羅針盤だと言えるでしょう。
■書誌情報
『金融数学入門』
著者:冨島佑允
価格:1,320円
発売日:2026年2月19日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス


























