推理作家・似鳥鶏が語る、<市立高校>シリーズの舞台裏「閉じた世界だけに目を向けて青春ミステリを描くのは難しい」

<市立高校>シリーズ、不変と変容の20年

 推理作家・似鳥鶏(にたどりけい)の原点ともいえる人気作<市立高校>シリーズ。2007年の始動から約20年、最新刊『新学期にだけ見える星座』では大きな転換期を迎える。主人公・葉山君が最高学年へと進級し、かつての名探偵・伊神先輩が大学生として「学外の事件」を導く一方で、学内では新入生・中内修太郎の視点から新たな謎が描かれる。

 「変化」と「継承」が交錯する本作。シリーズのリアリティラインを揺るがす新キャラクター・岩境ひなの登場意図や、2020年代の高校生を取り巻く空気感、そして著者自身が守り抜く「ハウダニット」へのこだわりとは。時代とともに歩み続けるシリーズの舞台裏を、著者に聞いた。

関係性が変化しても、ハウダニットの核は揺るがない

似鳥鶏氏

――<市立高校>シリーズの最新刊である『新学期にだけ見える星座』では、主要登場人物だった葉山君がついに三年生へ進級し、美術部に入部した一年生の中内修太郎が新たなキャラクターとして登場します。学内で起きる事件に葉山君と中内君が挑むエピソードと、これまで探偵役を務めてきた先輩の伊神さんと葉山君が学外で起きる事件に挑むエピソードが交互に書かれているのが特徴ですね。

似鳥鶏(以下、似鳥):青春ミステリの魅力とは「いま先輩や友人たちと過ごしている時間は永遠のものではなく、変化してしまう」ことの切なさを描けることだと思っています。その切なさをシリーズものの中で表すためには、やはり登場人物たちが進級して人間関係も少しずつ変わっていく過程を書かざるを得ないんですね。

 これまで<市立高校>シリーズでは葉山君は伊神先輩のワトスン役として動いていたわけですが、最高学年になって逆に後輩から頼りにされる立場になった。だから学内で起きる事件では探偵役として活躍するようになります。いっぽう伊神さんは大学生になっても引き続き探偵役としてシリーズ内では存在しており、そうなると学外でのは伊神さんのワトスン役になる、という構成が自然と出来上がった次第です。

――興味深いなと思ったのは学内の事件にせよ学外の事件にせよ、ハウダニット(犯人探しではなく、トリックの解明に重点を置いた作品)を基調とした謎解きの趣向は過去のシリーズ作品と変わらないという点です。ここは変えないように敢えて書いたのかなと思いました。

似鳥:はい、そこは意識的に書いた部分です。登場人物たちを取り巻く環境が変化する一方で、シリーズ作品として変えない方が良いところがあるはずだ、と色々悩んだんです。

 そこで思い至ったのは、いわゆる“日常の謎”タイプのミステリであること、そして「どのようにして起こったのか」というハウダニットに拘ること、この2点は変えないということでした。特に後者のハウダニットについては自分の芸風でもありますので、舞台のバリエーションを増やしながらもハウダニットの謎を書くことからはぶれないようにしたんです。

事件の記述者は尖らせない方がいい

<市立高校>シリーズ

――ただ、学外で起きる事件については、これまでのシリーズで描かれてきた謎とは少しトーンが違う気もします。

似鳥:伊神さんは既に大学生ですので、葉山君が学外で関わる事件というのは基本的に大学生活の近辺で起きる出来事なんです。高校生から見れば大学生はもう大人の社会に足を踏み入れている人たちなんですよね。だからこそ、伊神さんと一緒に追う事件では高校生活では触れることが無いような大人の思惑に出くわすこともある。学外の事件を扱ったエピソードでは、葉山君が大人の世界を垣間見る姿を描きたかったんです。

――市立高校内で起きる事件で語り手を務めるのが新入生の中内修太郎です。一人称が“俺”という形で葉山君の語りとは区別するように書かれていますが、それ以外で葉山君との違いを意識しながら書いた点はありますか?

似鳥:多少キャラクターの差はあるかもしれませんが、基本的には葉山君と中内君でそれほど明確に違いがある登場人物として描いていません。というのも、ミステリにおける事件の記述者は尖った個性をあまり与えない方が良いというのが私の考えだからです。視点人物に突出した個性を与えすぎると、そのキャラクターを目立たせることばかりに力が入ってしまい、肝心の謎解き部分やその他のドラマパートなどを磨く余力が無くなってしまう恐れがあるのではないかと思います。

 中内君が今後どのような役割を持ちながらシリーズの中で描かれるのか、実はまだ定まっていないところは多いのです。しかし、少なくとも事件の観察者を担う部分においては、シリーズ初期における葉山君とそれほど変わらないキャラクターになるのでは、と作者自身でも思っています。

読者のリアリティラインの変化による異能キャラの解禁

――いっぽうで中内君の幼馴染である岩境ひなは、ある“特殊な能力”を持っているキャラクターです。なるべく尖った個性を持たないように抑えた中内君とは対照的に、こちらインパクトが大きい設定が付与された登場人物になっていますね。

似鳥:岩境ひなの原型となるキャラクターは、もともとシリーズ第2作である『さよならの次にくる』の時点で構想がありました。葉山君の友人で大久保君という呪い師の能力を持つ人物なのですが、「この大久保君を登場させてしまうと、描きたいと思っていた話が書けなくなってしまう」と判断し、けっきょく登場させずお蔵入りになっていたんです。ただ新入生という設定であれば登場させることも可能かも、と思い、今回の作品でアレンジを加えて書いたのが岩境ひなというキャラクターです。

――ある意味で現実離れした部分もあるキャラクターを出せるようになった背景には、いわゆる“特殊設定ミステリ”と呼ばれる作品群が隆盛し、特異な設定を作中に持ち込むことへの抵抗感が無くなったこともあると思います。

似鳥:ああ、それはあるかもしれません。<市立高校>シリーズはある程度、作中のリアリティラインは保とうと思って書いてきた作品で、登場人物の造形についても所謂“キャラミス”と呼ばれる作品群における描き方とは少し距離を取っていました。

 しかし、ひなのような設定のキャラクターを描けるようになったのは、シリーズ開始から現在に至るまでの間に、こういう設定のキャラクターを高校生の日常を描く青春ミステリに出しても読者がそれほど違和感を抱かないという、受け手側のリアリティラインが変わったことも大きいのかな、と思います。

時代に合わせてリアリティを更新し、普遍性を守る

――シリーズ開始から時間を経た、という意味では、謎解きの部分に時代性を感じるところがありました。『新学期にだけ見える星座』は、2020年代における高校生を取り巻く環境をリアルに切り取った小説とも言えます。

似鳥:第1作が刊行されたのは2007年なので、既に20年近くの歳月が経ちます。当然ながら社会の状況は目まぐるしく変わっていて、高校生が直面する問題も00年代後半とは大きく異なっているわけですね。青春小説には若者たちの閉じた世界で展開する「キラキラしたあの頃」を描くことが多いですが、それだけでは古い気がするというのが私の考えです。大人の悪意に容赦なく晒されることも多くなった世の中において、閉じた世界だけに目を向けて青春ミステリを描くのは難しいです。

 また、「このキャラクターにはこういう経験をさせて、外の世界に目を向けさせた方が良いかも」という親の目線で登場人物たちを見るようになったこともあります。この点については社会という作者である私自身が変わったと言えるかもしれません。

――お話を伺っていくと、<市立高校>シリーズを続けていくうえで意識的に変えない部分がある一方で、時代ごとの空気に合わせて柔軟に変化していった部分もあることに気付きます。

似鳥:<市立高校>シリーズを書く上で定めているルールの1つに、時事ネタをそのまま盛り込まない、ということがあります。時事ネタというのは本当に風化するのが早くて、単語1つ取っても5年後には「うん、これは何のことかな?」と首を傾げてしまう読者が出てきてもおかしくありません。時事ネタとは少し異なりますが、例えばジェンダー的な観点でも「ここは『古い』と読者に受け止められる可能性はないだろうか?」という視点でシリーズ当初から執筆を行っていました。とにかく未来の読者が手に取っても「古い」と感じないような作品作りは心掛けてきたつもりです。

 他方で先ほども申し上げたように、社会状況とともに高校生の生活環境も大きく変わり、大人の世界との関わり方もいい意味でも悪い意味でも変化しています。そのような動きを作品内に反映しないと、それこそリアリティラインが崩れてしまう恐れがあります。なかなか難しいことですが、変えてはいけない部分と変えざるを得ない部分のバランスを上手く取りながら、シリーズ全体を眺めた時に「ああ、この時代の若者って、こういう空気感のなかで生きていたんだな」と読者が受け止めてくれるような作品として書き続けていきたいと思っています。

■書誌情報
『新学期にだけ見える星座』
著者:似鳥鶏
価格:902円
発売日:2026年1月30日
出版社:東京創元社
レーベル:創元推理文庫
<市立高校>シリーズ特設ページ:https://special.tsogen.co.jp/ichiritsu

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