栗本 斉の『続・村井邦彦のLA日記』評:秀逸な連作ファンタジー短編集のような味わいに魅了された

自分自身はまったくもって書く習慣はないのだが、他人による「日記」という形式の文章を読むのはなかなか楽しいものだ。“日記=日常を記す”というだけあって、その人の生活や考え方がダイレクトに伝わってくるし、それだけに共感することも多い。もちろん、他人に読んでもらうための日記であれば、多少はカッコつけたりフィクショナリーになったりするはずなので、文面がそのまま事実だというわけではないだろう。それでも、小説や論説文などに比べたら、書き手の頭の中や心の内を垣間見られると思うと、非常に興味深く楽しいものだ。

本書はクニさん(ここでは敬愛を込めて、文中にも頻繁に出てくるこの表記を使用させていただく)が、『てりとりぃ』という同人誌に執筆した日記風のエッセイをメインにした一冊だ。ちょうど新型コロナウイルスが蔓延し始めた2020年から「続編」の連載が始まっており、まさにコロナ禍における様々なエピソードが臨場感たっぷりに語られる。デルタ株の蔓延、買い物代行業者、オンライン食事会、ワクチン接種、はたまた外出できないために始めた家庭菜園のことなど、この時期ならではのトピックが淡々とつづられていく。さらには、ハリウッドを襲った山火事や、ロシアによるウクライナ侵攻など悪いニュースが飛び込んでくる。このような状況下で書かれた文章だけに、不安な感情や悲観的な記述もポロっと顔を出すが、それでも暗く湿っぽくならないのがクニさんの筆致の特徴と言える。ネガティヴになりすぎず冷静に記録していくところに、とても好感が持てた。合間に、自身の音楽活動も精緻に記されており、音楽家から見たコロナ禍のドキュメントとして見事に成立している。
コロナ禍に書かれたということがベースにありながら、本書の核となるのはあくまでも音楽や芸術に関することだ。クニさんならではの知識、経験、交友などが存分に語られていく。ジェリー・モス、フィル・スペクター、服部克久、村上“ポンタ”秀一、山上路夫、小坂忠など、存命の方もすでに亡くなった方も含めて、彼らとの輝かしい日々のことがさりげなく記されている。よくある自慢話のような内容は一切なく、あくまでも個人的な想い出を通して、個々の人間的な魅力を浮き彫りにしていく。巻末には細野晴臣、松任谷正隆との対談が掲載されており、日記の補完的役割をしているのもいい。なかでも白眉と言える交友録は、親交があったミシェル・ルグランが夢に出てきた話だ。夢の中のルグランは時空を超えて様々なシチュエーションで登場し、妄想と実際にクニさんが体験したことが交錯する。ルグランの音楽と彼の人間味を愛しているからこそ書ける内容になっており、思わずグッと引き込まれてしまった。
音楽や、そこに関わる人物だけでなく、映画についての記述も実に面白い。『ベニスに死す』、『シェルブールの雨傘』、『アマデウス』、『ギャルソン!』、『ドライブ・マイ・カー』と、新旧問わず様々な映画が登場することから、相当なシネフィルなのではないかと想像する。以前、クニさんが吉田俊宏さんと共同執筆した小説『モンパルナス1934』を読んで、とても映画的だなと思ったのも納得だ。そういえば、息子さんのヒロ・ムライがグラミーを受賞するほどの売れっ子映像作家として活躍しているが、彼もおそらく父の影響を多分に受けているからこその才能なのだろう。
そして、本書を単なる「日記」に終わらせていないのが、時折登場する鮫島三郎の存在だ。三郎は、コロナ禍で困っている人を助ける妖精という設定で、真夜中にクニさんの寝室をノックする。そして、佐島港に揚がった鯵のフライや、新鮮な函館の烏賊、佐久の鯉料理などをサーブしてくれるのである。もちろん架空の人物なのだが、彼との料理や芸術について語り合うやり取りが軽妙洒脱でとても面白い。時には“裂け目”を使って時空を超え、1950年代のLAに行ってマット・デニスを観に行くなんていう、破天荒な展開に驚かされる。三郎が登場することで、現実的な「日記」にとどまることなく、SF小説や冒険小説のように読めてしまうのだ。冒頭に「もっと読みたい!」という感想を書いたのは、まさに秀逸な連作ファンタジー短編集のような味わいに魅了されたからに他ならない。
様々な切り口で評価できる本書であるが、読み終えてみるとクニさんの人柄が感じられるのがとてもいい。芸術を愛し、芸術家を愛し、そして「日記」をファンタジックに演出する文才の持ち主。音楽家でありながら文筆家としても素晴らしいことは、本書を読めば明白だ。読み終わった後も何度もページを行きつ戻りつしながら、早くも続編を熱望している。
■書誌情報
『続・村井邦彦のLA日記』
著者:村井邦彦
価格:2,970円
発売日:2025年11月17日
出版社:blueprint










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