『チェンソーマン レゼ篇』にも通じる? 初期短編から読み解く“藤本タツキならでは”の要素

『チェンソーマン』レゼはなぜ魅力的?

 現在Prime Videoでは、漫画家・藤本タツキが17歳から26歳までに描いた8つの短編をアニメ化した『藤本タツキ 17-26』が配信中。いずれもキャリアの初期にあたる作品であるにもかかわらず、そこにはすでに強い作家性の萌芽を感じられる。今回はとくに『チェンソーマン』につながる要素を取り上げ、考察を加えていきたい。

 まず振り返りたいのが、藤本が漫画賞に初めて投稿した作品だという『庭には二羽ニワトリがいた。』。いわばキャリアの原点と呼ぶべき物語だが、そこには後の藤本が一貫して描くようになる「共感能力に欠ける存在」が登場している。

 同作は人類に宇宙人との戦争に負け、ほぼ絶滅しかけている世界が舞台。「鶏」に扮装して人間狩りを逃れたアミとユウトは、とある学校の飼育小屋に潜んでいたが、転校生の宇宙人がやってきたことから実は人間だったことがバレてしまう……という設定だ。

 作中に出てくる宇宙人の大半は、人間に危害を加えることに何の疑問も抱いておらず、たんなる食料と見なしている。人間に同情を示すのは、ごく少数の宇宙人だけだ。物語はこの圧倒的な理解の断絶をめぐって、ドラマチックな展開を迎えることになる。

ところで人間と同じ目線で生きていない存在というのは、『チェンソーマン』に登場する悪魔たちにも共通する設定だ。基本的に悪魔は人間の感情を理解できないものとして描かれており、友好的な態度をとることがあっても何らかの利益のために打算的に振る舞っているにすぎない。

 さらに同作で重要なのが、主人公のデンジが人間と悪魔のあいだに位置するような存在として位置付けられていること。人間社会から徹底的に疎外されてきたデンジは、一般常識が欠如していて、“普通の人間”のように振る舞うことができない。人間のために戦うのも、正義感の類ではなく、ただ性欲や食欲という原動力があるからだ。

 物語が進むにつれて、デンジは徐々に人間らしさを獲得していくが、その一方で社会に馴染んで生きられないという部分もずっと残り続ける。そしてそれでもなお、人間と一緒に生きていくことをやめはしない……。こうして人間と“共感できない存在”のあいだで絶えず揺れ動く姿こそ、デンジが多くの共感を集めている理由だろう。

キャリアの原点にあたる『庭には二羽ニワトリがいた。』では、すでに同じテーマが扱われていたと言えるのだが、これはたんなる偶然ではないはず。というのも『藤本タツキ短編集 17-21』『藤本タツキ短編集 22-26』には、同様の主題をめぐる物語がいくつも収録されているからだ。

たとえば『シカク』の主人公は、一般的な人間の思考回路を一切理解できない殺し屋の少女・シカク。作中では彼女が3500年生きた結果、あらゆることに退屈したという吸血鬼のユゲルと出会い、初めて“誰かに許容された”という感覚を抱く。

 また『予言のナユタ』はツノをもつ魔法使いの少女・ナユタと、その兄をめぐる物語。ナユタは平然とした顔で動物の命を奪うなど、人間には理解しがたい行動をとり、社会から排除されそうになる。しかし最終的に兄がナユタへの理解を示し、共に生きていくことを選ぶ。

 いずれの作品も「人間らしさとは何か」「“普通”であるとはどういうことか」を問いかけてくる部分があり、藤本が一貫してこのテーマに大きな関心を抱いていることが分かる。

デンジがダークヒーローになったのは必然だった?

 初期の短編から『チェンソーマン』まで一貫するもう1つのテーマとしては、人間を「欲望に流されるもの」として描いていることが挙げられる。

 『藤本タツキ短編集 17-21』に収録されている短編『佐々木くんが銃弾止めた』は、授業中の教室に突然拳銃を持った男性が侵入してくるところから始まる。主人公の佐々木くんは川口先生に強い憧れを抱いていて、「神様」とまで崇めていたのだが、侵入者の男性が川口先生に「セックス」を要求する光景を見てショックを受けてしまう。そして佐々木くんはその凶行を止めさせるために立ち上がり、“奇跡”を引き起こすのだった。

 簡単に言ってしまえば、1人の男子が勇気を出してヒーローになる話だが、そこに正義や信念といったものが一切出てこないのが面白いところ。佐々木くんはただ、自分の憧れの存在が目の前で汚されるのが許せなかっただけだ。

 思えば『チェンソーマン』のデンジも同様に、ヒーローに求められがちな精神性をまったく持っていないのが特徴だった。物語の初期には悪魔から女性を救う一方、男性が危険に巻き込まれても気にしないというめちゃくちゃな戦い方を見せていた。そしてデンジにかぎらず、同作の登場人物たちは多くが高尚な理想のためではなく、刹那的で単純な欲望に突き動かされて生きている。

 そんな生き方を見下すわけでも肯定するわけでもなく、温かく見守るような目線で描いているのが、藤本の作風と言えるのではないだろうか。

 なお『佐々木くんが銃弾止めた』に関しては、佐々木くんが川口先生を神様扱いしていることも“藤本らしさ”がよく表れた描写だ。藤本は『チェンソーマン』においても、マキマをはじめとした女性キャラクターとデンジのあいだに独特の関係性が生まれるように描いている。『チェンソーマン レゼ篇』として劇場アニメ化されたレゼとデンジの関係でも、教える側と教えられる側という上下関係が軸となっていた。

 『チェンソーマン』の片鱗を感じさせる要素が色々なところに見出せる、藤本の初期短編。原作もしくはアニメを通して、“原液”のように赤裸々に表現されたその作風を味わってみてほしい。

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