第46回日本SF大賞の本命は? 『ジークアクス』から日本SF界重鎮の1400ページに及ぶ評論集成まで候補作を解説

第46回日本SF大賞候補作
『アポカリプスホテル』(TVアニメーション)
伊藤典夫『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(TVアニメーション)
藤井太洋『マン・カインド』(早川書房)
人間六度『烙印の名はヒト』(早川書房)
(作品名・五十音順/敬称略)
2024年9月1日から2025年8月31日までに出たSF作品の中から、最も優れた作品を選ぶ第46回日本SF大賞の候補作が決定。藤井太洋と人間六度の小説2作にTVアニメの『アポカリプスホテル』と『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』が候補入りし、ベテラン翻訳家の伊藤典夫による初の評論集も並ぶ、例年にないラインナップをなった。
日本SF大賞でTVアニメの受賞は、第18回の庵野秀明監督『新世紀エヴァンゲリオン』や第29回の磯光雄監督『電脳コイル』が過去にある。アニメ映画も、第25回で押井守監督『イノセンス』が受賞しているが、アニメ作品が2作候補入りするのは異例。それだけ両作品が、SFとしての面白さを強く持っていたということだろう。
日本SF大賞は現在、該当する期間に出たSFから賞に相応しいと思う作品を、一般の人も含めて自由にエントリーしてもらい、そこに挙げられた作品から日本SF作家クラブ員が最大5作品まで投票し、得票順に5作品を候補として選ぶ。春藤佳奈監督の『アポカリプスホテル』も鶴巻和哉監督『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』も、複数のエントリーがあって注目の程がうかがえた。
同じTVアニメといっても、アプローチはまったく異なる。『アポカリプスホテル』は地球に人類が住めなくなって脱出してしまった後、ホテルで働いていたロボットの従業員たちがオーナーに事後を託され、懸命にホテルを守り続けるというストーリー。タヌキのような姿の異星人がやって来たり、ロケットで衛星を打ち上げて広く宇宙のホテルを宣伝しようとしたりといったポストアポカリプスの世界を、コミカルに描いて毎回のように驚きを与えた。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、タイトルにあるように富野由悠季監督がTVや映画、小説で手がけた『機動戦士ガンダム』の物語をベースにして、フィリップ・K・ディック『高い城の男』などSF作品でよく使われる歴史改変のアイデアを繰り出しファンを楽しませた。さらに、これもSF作品で使われるパラレルワールドの存在や、間違った歴史を修正しようとする力の存在などを匂わせて、SF好きを喜ばせた。
小説だけが日本SF大賞の対象でないことは、第4回で大友克洋『童夢』に賞を与えたことでスタンスとして示されている。映像作品も、第17回で金子修介監督『ガメラ2 レギオン襲来』が受賞し、アニメも後に続いた。受賞は逃したが、『魔法少女まどか☆マギカ』や『ゴジラS.P〈シンギュラポイント〉』も候補入りしたことがある。
その流れで、作品性でも話題性でも十分過ぎる強さを持った『アポカリプスホテル』と『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』がそろって候補に挙がっても不思議はない。それぞれに12話ずつあるTVアニメを見て審査に臨む選考委員が大変そうだが、それは伊藤典夫『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)にも当てはまりそう。とてつもなく分厚いのだ。
解説対談も含めた本文だけで1333ページ。索引も含めれば1400ページ近くになる本の中に、SF同人誌『宇宙塵』に掲載された文章やSF専門誌「SFマガジン」での長年にわたる連載などが収録されている。時々の新作のレビューであり特集企画の解説といったものが並んで、半世紀をゆうに超える伊藤典夫のSF評論活動を振り返ることができる。
『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』が公開される前に、アーヴィン・カーシュナー監督に直撃して内容を聞き出そうとした文章もあって、当時のSF好きの間における『スター・ウォーズ』熱がうかがえる。これらを読み込んで他の候補作と比較するのは選考委員も大変だろう。
ただ、著者の実績については言うまでもない。翻訳家としてアーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』やブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』、サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』など手がけて広く知られている。SFファンが選ぶ星雲賞なら、小説の海外短編部門で第1回のトマス・M・ディッシュ『リスの檻』の翻訳家として名が上がり、そこから6回連続で受賞し計10回受賞と常連だ。
著書がなく日本SF大賞に挙がることはなかったが、編纂者の労作とも言える評論集成の刊行で、誰もが堂々と候補作に推すことが出来た。受賞すれば第43回の荒巻義雄『SFする思考 荒巻義雄評論集成』以来の評論作品となる。
インパクトの大きさで後回しになったが、小説として候補に入った2作も共に年度を代表するSF作品だ。藤井太洋は、第34回で『Gene Mapper―full build―』が候補に入り、続く第35回の大賞を『オービタル・クラウド』で受賞を果たした。第38回でも『公正的戦闘規範』が候補入りしており、テクノロジーが発達して浸透した社会を舞台に、政治や軍事や経済といった要素を盛り込み来るべき世界のビジョンを見せようとする手腕で、昨今の本格SFの主流を行く。
今回の候補作『マン・カインド』は、遺伝子編集の技術をもつベンチャーの支援を受けて独立した都市テラ・アマソナスを導いているチェリー・イグナシオが、侵攻を阻止され投降した軍事企業の捕虜を虐殺し、これを伝えようとした記者の配信が止められてしまったところから始まって、遺伝子編集のようなテクノロジーが浸透した世界が向かう方向を見せている。「SFマガジン」連載中に星雲賞にも輝いており、受賞すれば『オービタル・クラウド』と同様の2冠となる。
『烙印の名はヒト』の人間六度は初の候補入り。早川書房のハヤカワSFコンテストを受賞した『スター・シェイカー』と、ライトノベルの電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を受賞した『きみは雪をみることができない』を同時期に刊行してプロデビューし、ボカロ曲の小説版も出すなど広く活躍している。
候補作の『烙印の名はヒト』は、介護施設で働くロボットが、本来はできないはずの殺人を、介護施設に入居していた老博士を相手に犯してしまったことから起こる騒動を描いて、ロボットの存在について迫る。アシモフやディックの時代からSFの王道を行くテーマだけに、気鋭の作家がどう挑んだかが話し合われそうだ。
大賞は2026年初旬に行われる選考委員による選考を経て決定。今回は大森望、北原尚彦、図子慧、林譲治、ひかわ玲子(五十音順)が選考委員を務める。






















