『べらぼう』吉原の遊女の日常を描いた蔦重の大ヒット作『青楼美人合姿鏡』を振り返る

■蔦重の大ヒット作『青楼美人合姿鏡』
NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、江戸時代中期に活躍した出版業界人の蔦屋重三郎(以下、蔦重)が主人公である。面白いエンタメを生み出すために奔走する蔦重の姿を見て、エキサイトしてしまう視聴者も多いのではないだろうか。

さて、蔦重が1776(安永5)年に出版した『青楼美人合姿鏡』は、吉原遊女の日常生活を描いた美人画集である。『べらぼう』でも第10話に登場したこの本は、全3巻という豪華本で、蔦重の編集力やアイディアが結実した名著といわれている。櫻庭さんは、この本の見どころをどのように考えているのだろうか。
「吉原の遊女の姿を華やかに描いた絵入りの本です。蔦重は当時もっとも人気の高かった北尾重政、勝川春草の2人の浮世絵師に絵の制作を依頼しました。彼らによって描かれた美しい遊女たちは、当時の江戸っ子たちをさぞや楽しませたことでしょう。出版されたのは田沼意次の時代で、まさに江戸文化が華やかだった時期と重なります」
■江戸っ子も遊女の日常を知りたかった
蔦重はなぜこの本の出版を計画したのだろう。最大の目的は、吉原に人を呼び込むことにあった。吉原で生まれ育った蔦重のことである。吉原への思い入れは相当なものがあったし、この町のことは誰よりも詳しい自信があったに違いない。
蔦重は豊富な人脈を生かし、吉原の妓楼を取材して回った。そして、吉原に漠然と憧れを抱いている江戸っ子たちに、吉原の楽しさ、そして遊女の美しさを知ってもらえる本を作ろうと考えたのだ。現代で言えば写真集とガイドブックの両方を備えた本、とでもいえるだろうか。
そして、この本には他の版元では到底思いつかないような、蔦重ならではの独創があった。櫻庭さんがこう解説する。
「遊女の日常、つまり普段の暮らしについて詳しく描写しているのです。現代の我々も、アイドルやタレントの裏場面を知りたいと思う人は多いですよね。江戸っ子も同じ。人気のある遊女たちの普段の姿を知りたいのではないかと、蔦重は考えたのです。まさに、お客さんのニーズをよく考えていたということなのでしょうね」
本は大ヒットとなったが、まさに蔦重の狙いが的中した結果と言えるだろう。
■遊女たちは琴を嗜み俳句を詠んだ
吉原の遊女には高い教養が求められた。人気の高い花魁となると、茶道、華道、舞踊にも秀でていたのである。『青楼美人合姿鏡』を読むと、遊女たちの日常もそうしたインテリ感が漂うものだったことがわかる。
「遊女は琴を奏でていたり、読書を嗜んでいたりと、日ごろから教養を高めようと努力していたことがわかります。また、花魁たちが興じていた遊びとして、扇を的に投げて遊ぶ投扇興が有名ですね。また、遊女たちが読んだ俳諧が載っているのも興味深いですね」
いったいどのような歌が収録されていたのだろう。
「例えば、“うくいすや 寝ぬ眼を覚ます 朝朗”という歌がありますが、ウグイスの鳴き声で目を覚ます朝の風景が見事に描写されています。遊女にとって和歌は必須の教養だったのです」
■吉原の風景が生き生きとよみがえる
『青楼美人合姿鏡』の発売当時と、現代における歴史的価値にはどのようなものがあるのだろうか。櫻庭さんがその意義をこう力説する。
「やはり、遊女のファッションなどを通じて、当時の流行を知ることができる点でしょうか。また、吉原の街並みや妓楼の建造物、遊女が使った小道具なども丁寧に描かれているので、江戸文化を知る資料としても一級品といえるでしょう。何より、こうした豪華本が出版されたということに、当時の出版界の勢いが感じられますね」
蔦重は、江戸の人たちにエンタメを提供したい一心でこの本を編集、出版した。そんなこだわりの一冊は時代を超え、現代人の我々に華やかな江戸文化の神髄を伝えてくれる歴史資料になっているのである。






















