隣人はツキノワグマ? 日常の延長にある心温まるメルヘン『下の階にはツキノワグマが住んでいる』にほっこり

隣人はツキノワグマ? 心温まるメルヘン

 「あぁ、今すぐ本の中に飛び込みたい!」――そう感じるのは、きっと筆者だけではないだろう。本作の中には、もふもふの動物たちに囲まれながら豊かな日々を過ごす、夢のような生活が色鮮やかに描かれているのだから。

 『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(著:鞠目、装画:水川雅也)の舞台は、動物と人間が当たり前のように社会生活を営む世界。アパレル会社で働くゆり子の階下に住んでいるのは、絵本作家のツキノワグマ。「クマ」「ゆり子さん」と呼び合う二人は、とても仲良しだ。雨の日には散歩へ出かけてカエルの合唱を聴き、夏はヒグマのビアガーデンで乾杯。秋は綺麗な紅葉を拾い、冬は三日連続で違う味の鍋を一緒に食べる。愉快で愛おしい毎日を積み重ねるうちに、人間とクマの間にはかけがえのない絆が生まれていく。

『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(著:鞠目・装画:水川雅也/ことのは文庫)

 “話せる動物たちと暮らす物語”と聞くと、いかにもファンタジーな作品に思えるかもしれない。けれど本作に出てくるのは、たとえば、おふくろの味を楽しめる三毛猫の定食屋。モーニングセットが美味しいハトの喫茶店。メルヘンでありながらも決して遠い世界の話ではなく、あくまでも私たちの日常の延長に動物たちが存在する。だからこそ、ページをめくるたびに心が弾むようなときめきが味わえるのだ。

 作中にはさまざまな可愛い動物が登場するが、最もチャーミングなのは、やはりクマだろう。ツキノワグマは本来、臆病で人間を避ける性質があるとも言われているようだが、本作のクマは例外。とても明るくて人懐こいのだ。常にニコニコの笑顔でゆり子を散歩や食事に誘い、美味しいものを食べては幸せを噛みしめる。「ありがとう」も「ごめんなさい」もしっかり言えるし、すぐに落ち込んだり恥ずかしがったりする一面もある。人間よりも人間味のあるクマの言動を追っているだけでも、クスッと笑えて心が癒されるはず。

 また、普段は子どものように無邪気なクマだが、酔っぱらったゆり子をおんぶして家まで送り届けるといった頼りになる一面もある。そして、秋服を着たゆり子を「お洒落ですね!」と素直に褒めるし、冬眠する前にはクリスマスとお正月、そしてバレンタインのプレゼントまで全部まとめてゆり子に贈る。そんなマメな部分も持ち合わせているのだ。愛らしくて素直、そして頼りがいもある。そう考えるとこのクマは、友達や家族として――いや、パートナーとしても理想的な存在と言えるのかもしれない。そう読者が気づいたとき、ゆり子とクマの関係にも少しずつ変化が訪れる。そんな二人をそっと見守るのも、本作の醍醐味だろう。

 時間軸にして二年間にわたり描かれる彼らの生活だが、大きな事件は起こらない。それでも一つ一つのエピソードは宝物のように愛おしい。一緒に食卓を囲み、季節の移ろいを楽しむ度に少しずつ距離が近づいていく姿を追うだけで、胸がじんわりと温かくなっていくようだ。読み終えた後は、自分の生活の中にも小さな幸せを探したくなる。そんな優しい気持ちを思い起こさせてくれる作品だ。

 一話あたり10ページから20ページほどと短いため、隙間時間にも読みやすい本作。仕事や勉強、家事などに追われて疲れている人にこそ、一度手に取ってほしい一冊である。一話読み終える度に癒され、凝り固まった心が少しずつ解けていく。そんな読書体験を通じて、日々の中にある自分の幸せを改めて見つけられるはずだ。

特製和紙風しおりがもらえる! 「ことのは文庫 秋の夜長の読書フェア」も開催中

「ことのは文庫 秋の夜長の読書フェア」バナー画像

 10月10日(金)より順次、一部書店にて『下の階にはツキノワグマが住んでいる』ほかことのは文庫の対象書籍を1冊購入することで、”秋モチーフ”をあしらった「和紙風しおり」(全2種)が1枚手に入る「ことのは文庫 秋の夜長の読書フェア」が開催される。秋の夜長にゆっくり読みたい、ことのは文庫作品5タイトルがピックアップされている。

 店頭に掲出されるPOPには、作品編集担当からの一言コメントが記載されている。書店に訪れた際はコメントにも注目してみよう。
※店頭POPの掲出状況は店舗によって異なります。あらかじめご了承下さい。

特設サイト:https://kotonohabunko.jp/spcont/2510_aki/


▼対象書籍(50音順)

『ある日どこかで箸休め 3分で読める35話のアラカルト』(著:村田天/イラスト:双森文)

『ある日どこかで箸休め 3分で読める35話のアラカルト』(著:村田天・装画:双森文/ことのは文庫)

 大学生同士のカップル未満が初めて一緒に食べた朝ごはん。偶然会った高校の同級生と食べる深夜のラーメン。風邪の時に同僚が作ってくれた鍋焼きうどん。料理が嫌いな上司に食べさせたくて母に教わる煮物の作り方。なかなか減らない冷蔵庫の常備菜を(他人を巻き込んで)上手に使い切る秘策。おにぎりが苦手になった理由ともう一度食べられるようになった理由。クリスマスパーティーで知るとり天の味と気になる人の意外な一面。お互いが買ってきたパンと飲み物を交換して食べる昼休み。弟お手製の夏カレーで思い出す、懐かしくておかしな過去。鰻が救ってくれた誰かの世
界。ーーかつて味わったことがあったかもしれない、もしかしたらこれから味わうかもしれない、そんな素敵な「食」にまつわる35の風景。

定価:792円(税込)

『大奥の御幽筆 ~あなたの想い届けます~』(著:菊川あすか/イラスト:春野薫久)

『大奥の御幽筆~あなたの想い届けます~』(著:菊川あすか・装画:春野薫久/ことのは文庫)

 亡霊が見えるせいで呪われた子だと家族から罵られてきた里沙。
自分の力を忌避し、生きる意味を見失いかけていた彼女を繋ぎ止めたのは、奥勤めをしている叔母・お豊からの一通の手紙だった。
『そなた、大奥へ来ぬか』
そこは男子禁制で全てのお役目を女が勤め、皆いきいきと働いているという。
こんな私でも誰かの役に立てるのならばと、お豊の力添えで奥女中となる決意をする里沙だったが、そこでは、とある亡霊騒ぎが起きていて――。
霊視の力持つ奥女中・里沙と記憶を失った侍の亡霊・佐之介が、大奥に現れる亡霊たちの心残りを解き明かす、感動のお江戸小説。

定価:792円(税込)

『京都お抹茶迷宮』(著:石田祥/イラスト:花守)

『京都お抹茶迷宮』(著:石田祥・装画:花守/ことのは文庫)

 京都にある零細出版社・太秦出版に事務員として勤め始めて三年目の大庭小依(おおば・こより)。
ある日、食中毒で倒れた先輩編集者の代理で、作家・皆月豊(みなづき・ゆたか)との打合せ場所に資料を渡しにいったところ、はんなり京男子な皆月のマイペースぶりに巻き込まれ、いつの間にかこの企画の担当編集を引き継ぐことに。
初担当となる本は、京都のお抹茶に関する面白い逸話を探しながら人気の名所やお店を巡り、お抹茶スイーツやお点前を楽しむという紀行エッセイ本『京都お抹茶迷宮(仮題)』だ。
編集者としての初仕事にはりきる小依だが、皆月と共に取材を続けるうちに「千利休の孫・宗旦」と「白狐の恋」にまつわる不思議な抹茶の逸話を耳にする。
そして、その逸話に沿うかのように、「狐の子孫」と言われる一族が営む茶舗で事件が発生して……!?

定価:781円(税込)

『京都「無幻堂」でお別れを 大切な人形の魂を送る処』(著:望月くらげ/イラスト:チェリ子)

『京都「無幻堂」でお別れを 大切な人形の魂を送る処』(著:望月くらげ・装画:チェリ子/ことのは文庫)

 人々の感情が色で見える特異な体質のせいで人生に嫌気が差していた明日菜(あすな)は、ある日理不尽なリストラに遭ってしまう。
途方に暮れ、行きついた先で目にしたのは、「従業員急募」という張り紙。そこは、店主の柘植(つげ)と言葉を話す猫・詩(うた)が営む、魂が宿った人形の最期を見届ける「無幻堂(むげんどう)」というお店。
ひょんなことから「無幻堂」で働くことになった明日菜は、人形たちの感情を読み取り、怒りや悲しみを汲み取っていく。
行き場を失った人形たちの最期に寄り添う、儚くもあたたかいハートフル・ドール・ストーリー。

定価:792円(税込)

『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(著:鞠目/イラスト:水川雅也)

『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(著:鞠目・装画:水川雅也/ことのは文庫)

 住んでいた賃貸マンションで火事があり、急遽引っ越すことになった頑張り屋の社会人・ゆり子が紹介されたのは、「築35年・動物入居可能」の物件だった。
階下に住むのは、胸の三日月模様が印象的な、人(?)の好いツキノワグマ。
誰かとコーヒーを飲むのが大好きで、はちみつケーキが大好きで、ヒグマさんのビールが大好きで、お鍋が大好きで、冬眠の前にはクリスマス・お正月・バレンタインの贈り物などを一通り済ませてから眠りにつく。
そんなのんびりとしたクマと日々を過ごすうち、ゆり子の少し疲れた心は優しくほぐされていく。そして彼女はいつしか、ずっと背を向けていた母と向き合ってみようと自然と思えるようになり――。

定価:792円(税込)

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