アニメで大ヒットとなるか? モンゴル後宮譚『天幕のジャードゥーガル』ヒロイン・シタラが秘めた“怒り”と捨てた“幸福”

『天幕のジャードゥーガル』ヒットなるか?

 現在劇場版が公開中の『チェンソーマン レゼ篇』を観て、レゼという少女が漫画でどのような表情を浮かべているか気になって原作に手を伸ばした観客も多いだろう。

 アニメやドラマといったメディアミックスによって原作のヒットに繋がるというは数字を見ても一目瞭然。例えば、夏クールのテレビアニメ作品だと『薫る花は凛と咲く』(三香見サカ/講談社)が、アニメ化発表直後(2024年10月)に発売の14巻時には330万部だった累計発行部数をアニメ放送終了直後(2025年10月)に発売の20巻時では同800万部と人気を拡大した。あの『鬼滅の刃』も現在は2億部を悠に超えているが、アニメ放送開始直後の15巻発売時(2019年4月)には500万部到達といった数字だった。

 秋クールのアニメでは『ワンダンス』『忍者と極道』といったニューフェイスへ注目が集まるが、ひと足先に2026年のアニメで期待したい作品、テレビ朝日系での放送が控える『天幕のジャードゥーガル』(トマトスープ/秋田書店)に目を向けたい。

モンゴル後宮復讐譚

 本作は13世紀のモンゴル帝国後宮を舞台に、奴隷の少女が大陸を翻弄し、“魔女”(ジャードゥーガル)と呼ばれるようになるまでを描いていく。『このマンガがすごい! 2023』の「オンナ編」では1位に輝き、漫画読み・歴史好きを中心に話題を集めている。

 物語は奴隷の少女・シタラが、イランに住まう学者一家に引き取られたところから始まる。シタラは、家の跡継ぎ・ムハンマドとの出会いから、知恵を手にすることに意義を見出し、その母・ファーティマとの生活では主従関係を超えた愛を感じて成長していく。

 安寧と研鑽の日々も8年が経った頃、歴史を識り、知識を身につけ「私の人生はもしかしたら 光に満ちているのかもしれない…」そう閃くシタラの前に、モンゴル帝国皇帝チンギス・カンの末子トルイが現れる。シタラを庇ったファーティマは殺され、所蔵していた夫の形見(シタラ曰く「当たり前のことが大袈裟に書かれているだけ」の本)であるエウクレイデスの『原論』も奪われ、シタラ自身はモンゴル帝国の捕虜へと身を落とす。

 シタラは復讐心を胸に秘め、にこやかな顔で“学者の娘・ファーティマ”としてモンゴル帝国後宮に入り込む。8年で培った知恵を駆使し、トルイの妻・ソルコクタニの指南役に始まり、第一皇后・ボラクチンの病の治療もこなし、皇后でありながらモンゴルに憎悪を抱くドレゲネとも手を組み、後宮内で力をつけていく。

幸福より大事なものはあるのか

 シタラは、モンゴルが行う金国侵略の策を、その残虐性を理解しながら何もしない。なぜならそうすることが巡り巡って「モンゴルへの復讐」に繋がるから。金国から見れば、自らもモンゴルと変わりないであろうことにシタラは迷い苦しむも、瞳に宿る炎は揺らがない。

 対して、シタラにとって宿敵の一人と言えるのがオゴタイ・カアン。チンギス・カン亡き後のモンゴル帝国を治める為政者だ。侵略戦争だって仕掛けるし、不義を働いたものに罰を与えもするが、街道を整備し都を作り、商人の荷を高価で買取ることで民に恩恵をもたらし、国を豊かにした。オゴタイは自らに向けられた憎悪を認知しながらもそれを赦し、「お前(シタラ)やドレゲネを幸せにする」と宣言し、世界を平定していく。

 過去は書き換えられないし、未来は操れない。それならば未来が少しでもよくなるように生きるべきだ。けれど、モンゴルがしたことを、家族を奪ったことを忘れることはできないし、無かったことにもできない。だからシタラ(とドレゲネ)は、オゴタイから差し出された“幸福”を捨ててでも“怒り”続ける。

少女が魔女と呼ばれるまで

『天幕のジャードゥーガル』アニメティザービジュアル ©トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

 持ち前の知識を武器に後宮での活躍を描く作品と聞くと『薬屋のひとりごと』(日向夏/主婦の友社)が連想されるが、“好奇心”や持ち前の知識を武器に活躍した『薬屋』の猫猫(マオマオ)と違い、シタラは“怒り”を原動力に波乱の世をたくましく生きる。

 最後に、なぜシタラは“魔女”と呼ばれるようになったのか。それは、彼女が未知の知識を持ち魔術のような現象を披露するからでも、巧みな話術で相手を誘導するからでもなく、「笑う人」だからだ。シタラと対立したボラクチンが(奸計には気づいていたとはいえ)彼女の復讐心に気づけなかったのも、その笑顔を見たからであり、ドレゲネが初めて会ったシタラを助けようと思ったのも、彼女が笑ったのを見たからだった。

 アニメ放送に先駆けて、夜のモンゴル平原に設えられた天幕と流れ星が描かれたティザービジュアルが公開されている。漫画・アニメビジネスにおいてキャラクターが最も重要だと言われる昨今、あえてキャラクターが一人も描かれていないものを第一報に持ってきた「サイエンスSARU」は、秘めたる本心を隠すときに現れる“魔女”の笑顔をどう描くのだろうか。

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