朝ドラ『ばけばけ』放送直前! 小泉八雲の波乱の人生と、妻・セツにかけた心温まる言葉を予習

朝ドラ『ばけばけ』小泉八雲の波乱の人生

 9月29日(月)より、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送がスタートする。主人公・松野トキのモデルは、『怪談』、『骨董』などで知られる作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻――小泉セツ(節子)。

 そこで本稿では、彼女が愛した夫――小泉八雲の波乱の生涯を紹介したいと思う。ドラマを観る際の参考にしていただけたら幸いである。

「漂泊」と「孤独」が独自の文学世界を構築した

 のちの「小泉八雲」――ラフカディオ・ハーンは、1850年、ギリシアのイオニア諸島・レフカダ島で生まれた(「ラフカディオ」の名は、その地にちなんだもの)。父はアイルランド系の英国陸軍軍医チャールズ・ブッシュ・ハーン、母はギリシア人のローザ・アントニオ・カシマチ。

 幼少期は父の郷里・ダブリンで過ごすが、1856年、両親が離婚、以後、父方の大叔母サラ・ブレナンのもとで育てられる。その後も、遊戯中の事故で左目を失明(1866年)、父の死(同年)、大叔母が親類に騙されて財産を失う(1867年)など、不幸が続く。

 1869年、意を決して単身渡米。当初は路頭に迷うこともあったが、行商人、ホテルのボーイなどの仕事を経て、「シンシナティ・インクワイヤラー」紙の記者に。マティという女性と同棲(結婚)するが、やがて破局。

 1881年には、ニューオリンズの「タイムス・デモクラット」紙の文学部長となる。が、おそらくはもともと彼がもっている放浪癖によるものだろう、1887年から約2年間、マルティニーク島(西インド諸島)に滞在。紀行文『仏領西インド諸島の二年間』、小説『チタ』などを著す。

 1890年4月、「ハーパース・マンスリー」誌の特派員として来日するも、契約上のトラブルが生じ、辞職。帝国大学教授バジル・ホール・チェンバレンの紹介で、松江市にある島根県尋常中学校(および師範学校)の英語教師となる。そして、その地で小泉セツとの運命的な出会いを果たし、(1891年頃から同居はしていたが)1896年、ハーンが小泉家に入籍する形で正式に結婚、日本に帰化(セツも再婚だった)。以後、「小泉八雲」となる。まさに激動の人生というほかないが、それまで世界を放浪してきたラフカディオ・ハーンは、ここにきてようやく“安住の地”を見つけた、ともいえるのだった(1904年没)。

八雲が愛したのは、あくまでも“古き日本の面影”

 また、その帰化の年(1896年)には、帝国大学の英文学講師に就任するなど、一見順風満帆な日々を日本で送っているようにも思えるが、松江を離れ、熊本や神戸で暮らしていた時期(1891年〜1894年頃)には、西洋化された街とそこで暮らす人々に馴染めず、愚痴をこぼすようなこともあったようだ(前者では高校の英語教師、後者では英字新聞記者として生計を立てていた)。

 つまり、小泉八雲といえば、何かと「日本をこよなく愛した作家」と紹介されがちなのだが、そして、それは間違いではないのだが、厳密にいえば、彼が愛したのは、“現在進行形”の日本ではなく、“古き日本の面影”だった。

 それが、彼が最初に腰を据えることになった松江という土地と、そこで出会った女性(セツ)にはあったということだろう。

「あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」

 小泉セツは、日本語があまり得意ではなかった八雲の代わりに、古書店をまわり、本を読み、彼に日本の伝説や民話を語って聞かせたという。

 それがやがて、『怪談』をはじめとする「小泉八雲」の著書の元ネタとなっていくわけだが、八雲との「思い出」を綴ったある随筆の中で、セツはこんなことを書いている。

私が本を見ながら話しますと、(引用者注・八雲は)「本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」と申します。
〜小泉節子「思い出の記」より〜

 ある種の芸術家にはミューズ的な存在が欠かせないものだが、小泉八雲の場合は、書物に書かれた単なるデータ(死んだ情報)ではなく、セツの生身の肉体と精神に変換された“古き日本の面影”(生きた情報)が欲しかったのだろう。

小泉八雲が「世界で一番良きママさん」にかけた言葉とは

 ちなみに、松江藩士の次女として生まれた小泉セツは、国語が得意な勉強好きの少女だったが、維新により実家が傾いてしまったため、11歳で学校を辞めねばならなくなった。その時、彼女は1週間泣き続けたという。

 そんなセツは、八雲と結ばれたあとも、時々こんなことをいって、夫を困らせた(?)ようだ(以下、八雲の長男、一雄の著書より)。

「妾が、女子大學でも卒業した學問のある女だつたら、もつともつとお役に立つでせうに……」と母が申すと、父はいつも母の手を執つて戸棚の傍へ連れて行き、其處の襖を開けました。戸棚の中にはガラス製の本棚が一つあつて是には父の著書が金文字の背をヅラリと並べてゐるのでした。是を指して「斯、誰のお陰で生まれましたの本ですか? 學のある女ならば幽霊の話、お化けの話、前世の話、皆馬鹿らしのものと云ふて嘲笑ふでせう」と申して母が面映がる程に父は其の場で母の労を賞揚するのでした。傍に居る私に向つて迄も「此の本皆あなたの良きママさんのおかげで生まれましたの本です。なんぼうよきママさん。世界で一番良きママさんです」などと申して眞剣に褒めそやすのでした。
〜小泉一雄『父「八雲」を憶ふ』(警醒社)より〜

 内外の幻想文学に詳しい文芸評論家の東雅夫は、「日本古来の怪異譚の蒐集と再話に努めた」小泉八雲の気質について、「〈夢見る民族〉たるケルトの血をひ」いているところが大きいと書いている。

 この元々の気質に、小泉セツという唯一無二のパートナーが加わったことで、西洋の人々の知らなかった、そして、日本人の多くが忘れかけていた、“古き日本の面影”が広く知られるようになった。

 また、それまでどちらかといえば、孤独な人生を歩んできた八雲自身は、日本の地を訪れたことで、いや、小泉セツと出会えたことで、かけがえのない家族を得ることができた。

 そんな夫婦の二人三脚が、ドラマ『ばけばけ』ではどのように描かれるか、期待したいと思う。

[参考]
小泉八雲『小泉八雲全集』第12巻(恒文社・小泉節子「思い出の記」所収)
小泉一雄『父「八雲」を憶ふ』(警醒社)
工藤美代子『小泉八雲 漂泊の作家ラフカディオ・ハーンの生涯』(毎日文庫)
東雅夫『日本幻想文学事典』(ちくま文庫)
ラフカディオ・ハーン/田代三千稔 訳『怪談・奇談』(角川文庫)
歴史の謎を探る会[編]『小泉八雲と「怪談」の世界がわかる本』(KAWADE夢文庫)

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