藤田直哉 × 渡邉大輔が語り合う、宮﨑駿のアニミズムと戦後日本の大衆文化「ジブリは戦後日本が持ち得た“最後の大きな物語”」

藤田直哉×渡邉大輔が語る、宮﨑駿と戦後

戦後というキーワードについて

『ジブリの戦後 国民的スタジオの軌跡と想像力』(中央公論新社)

渡邉:今年は「戦後80年」でもありますが、戦後論としての側面についてどう考えていますか。

藤田:宮﨑駿が大衆的にヒットしていることは、そこには何か戦後日本の大衆の無意識があると看做すべきだと思っています。つまり、敗戦です。戦争の敗北、核兵器に対する恐怖、戦争が嫌だという思い、占領されアメリカ化したことへの屈託。例えば、アメリカ人にとって戦争というのは、基本的に勝つものである。ベトナム戦争以外、負けたことがないからです。社会での軍人の地位も高い。だから戦争や核兵器はネガティブなものだという大衆的な想像力があまりないんです。そこには「勝者の想像力」があります。

 それに対して我々には「敗者の想像力」がある。戦争は悪いものなので、止めなくてはいけないと。勝っても負けても大量に生命が失われる悲惨なものだ、と。核兵器のトラウマもあります。宮﨑駿作品において、科学技術は世界を破滅させるかもしれないものとして描かれる。それは宮﨑駿の個人史的な問題だけじゃなくて、戦後日本の大衆的にも共有されたものだったので、これだけヒットしたんだろうと考えています。

 宮﨑駿は父親が軍需産業に携わっており、戦争で稼いだという罪の意識もあります。1950年代から70年代の日本というのは、朝鮮戦争などで他の国に兵器を売る特需で成り立っているところがありました。それで社会主義や共産主義にシンパシーを感じたわけですよね。そうした戦後民主主義のある種の良心というのでしょうか。柄谷行人は『憲法の無意識』の中で、憲法九条は、死の欲動と関係していると指摘しました。要するにトラウマによって反復するものだということです。そのトラウマによってできた良心として、宮﨑駿の戦後の民主主義的な立場もあるのだと思います。それが「血債主義」などのテロに陥ってしまうという隘路も自覚されていたはずです。

渡邉:そうですね。僕のジブリ論は、タイトルからも「戦後論」が大きなコンセプトになっています。おそらくジブリは、戦後日本が持ち得た、国民の誰もが知っているという「最後の大きな物語」の一つであり、宮﨑駿もまた、司馬遼太郎や黒澤明などと並んで、「国民作家」という名前を冠するのに相応しい、たぶん最後の人物でしょう。

 藤田さんが指摘したように、彼の親との関係性、あるいは左翼思想の摂取と決別にいたるまで、20世紀の戦後の大きな物語、その理想も欲望もごちゃ混ぜにした全体性を体現してきた人物だと思います。今年はいみじくも、敗戦から80年、ジブリ設立から40年です。その年に奇しくもこの2作が出たわけで、宮﨑駿という人物を改めて考える上で、非常に節目になるんじゃないかと思っています。

 宮﨑駿にもさまざまな限界があるわけですが、ジブリではその後続世代として宮崎吾朗、米林宏昌などが作品を作ってきました。僕の本ではそうした作品にも触れて、宮﨑や高畑の作品を相対化することで、全体として、ジブリの「大きな物語の完成と解体」を俯瞰的に論じたいと思いました。それで戦後80年のパースペクティブがわかるんじゃないかと思ったのですね。

 一方で、1945年に戦後が始まったというのは、日本国内の考え方でもあります。藤田さんもご存知のいわゆる「総力戦体制論」では、戦中の総力戦体制に、高度成長経済などの戦後システムがすでに確立されていたということが指摘されています。なので、1945年8月15日に戦後が始まったという歴史観を相対化したいという狙いもあって、第三章では「満州」というキーワードを出しました。そこでジブリをある種プリズムのようにして、戦後を考えたいと思ったんです。藤田さんの本と僕の本を重ねて読んでいたたくことで、ジブリと戦後80年という関係性について、より深くわかっていただけると思います。

次世代に向けた宮﨑駿

藤田:僕は宮﨑駿の中にある、ある種の絶望の感覚もわかるんです。今は戦争と環境危機の時代である。科学技術が発展すると人類が発展するという考え方がある一方で、核兵器や環境破壊など、悪くしていき絶滅を予感させる方向もある。「科学の二つの顔」とでも呼びたい問題ですが、核投下を経験し冷戦時代における全面核戦争の恐怖が蔓延している時代に、ある意味で破局後の世界に希望を見出す思想が宮﨑にはあります。その希望を一言で言えば、世界が滅びたとしても、そこに新たな生命は生まれてくる、その次世代がより良い世界を築いてくれるということです。そこに注目したのは、僕に子どもが生まれてきてからで、コロナだ戦争だ環境危機だと大変なことばかりの時代の中で子どもを育てるということの実感の中からでした。子どもを見ていると元気だから、生きていくしかないし、未来や次世代を悲観し「昔は良かった」とノスタルジイに浸るのではなく、人類を諦めてシニシズムになったり懲罰しようと思ってしまうのでもなく、未来を信じてそれをよくするために出来ることをしよう、と思えてくるんです。『風の谷のナウシカ』の漫画版の結末がまさにそうで、人類はもうダメかもしれないけれど、それを否定し罰しようとせず、子どもたちは元気に生きているんだから、希望を託すしかない、今生きているものをとりあえず肯定するしかない、人類は愚かで醜悪で酷いかもしれないけど、それも含めて生命を受容するしかないんだ。そういう諦念や覚悟が、身に染みて理解できてきたんです。渡邉さんもお子さんがいますが、そのことで変化はありましたか。

渡邉:うちの子はこの秋に3歳になるところです。自分に子どもができてから、やはりジブリや宮﨑駿作品は違った見え方がしていますね。そのメッセージや思想が本当にわかりやすくなったような気がしています。

 一方で、大学で教えていると、ここ数年、Z世代のジブリ離れを感じることがよくあるんです。実際に、彼らが生まれて育ってきたここ15年ほど、ジブリはほとんど新作を作っていないわけで、拙著でも書いたように、「映画館でジブリの新作を観る」という同時代体験としてのジブリの存在感が薄くなって当然です。

 また、子どもを欲しくない、結婚をしたくないという考え方をする若者も多くなっています。「アニメーションは子どものもの」というジブリ的な思想は、20世紀的な価値観なのかもしれず、そのリアリティや思想は失われつつあるのかもしれないと思うことがあります。藤田さんはそう感じませんか。

藤田:僕の教えている日本映画大学ではジブリ離れはあまり感じないんですよね。学生たちに手を挙げさせても、8、9割が観ているんじゃないかな。留学生たちも観ていますね。『風の谷のナウシカ』を観て感動して、戦争はいけないんだ!と素直に感想を抱いている。この延長線上に世界平和が実現してくれないかな、と祈るような気分です(笑)。

 子どもが欲しくないという考え方が広がる。人々が生きづらい社会になっていく。その原因はサブカルチャーやネットの普及、つまり科学技術による環境変化かもしれない。そこで生命が衰弱して元気がなくなるということがあるかもしれない。今の未成年の自殺者数は戦後最大で、精神疾患や不登校も激増していますね。宮﨑駿はそういう時代になると予感して作品を作ってきたように思います。宮﨑論を書きながら、現代のそういう状況はずっと意識していました。実際に体を動かしたり自然や他者と関わることで得られるような生の喜びと言うか、生命のエネルギーって大事だと思うんですよね。都会に住んでいてパソコンやネットで仕事をしていると、衰弱していくような気分になることがありますよ(笑)。けど、『耳をすませば』では、コンクリートでガチガチになった世界においても、生の躍動があることを描こうとしていた。

 一方、宮﨑駿が描いたような村落的な共同体や対人関係というのが、我々の生きる現実社会で減っていることは間違いない。そこは新海誠が『君の名は。』などでスマホを通したつながりを描いたように、有機的な共同体からデジタル的なつながりの共同体に移行している。最近は新海誠も人間同士の共同体が大事だという感じが出ているのですが。家族的な親密性や継承の感覚も、キャラクターや推しなどに代替されていたり趣味への愛に移行しているのかもしれない。そこでどういう新しい折衷的な共同体や人とのつながりのあり方を提示できるのかは、僕たちが引き受けるべき主題なのかなと。

 『平成狸合戦ぽんぽこ』では、森を切り開いて作ったニュータウンに暮らしている人々と土着の狸の戦いが描かれていました。そこではニュータウンがネガティブに描かれるわけですが、でも実際に、僕らはニュータウンという環境で生まれ育ってきたわけですよね。宮﨑駿からしたら我々だって、色々なものが失われた世代であり、衰退と滅亡の象徴ですよ(笑)。でも、なんだかんだで生きてきたし、サブカルチャーやネットカルチャーでヤンチャして楽しんできたし、そこで発展した色々の勢いや生命力を味わっても来ましたからね。最近のファスト教養やショート動画の隆盛によって、次世代は映画を観なくなり、ジブリも観なくなり、大事な価値が継承されず人類が劣化していくのでダメだと思ってしまいがちですが、そういう衰退と衰弱の黄昏の感覚を抱いてしまうことも承知の上で、次世代を信じようとする努力も大事なんじゃないかなと思います。それを信じるための確信や手応えを、宮﨑作品を論じながら探っていたという気がしています。

■書籍情報
『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』
著者:藤田直哉
発売日:6月30日(月)
価格:2,750円(税込)
出版社:株式会社blueprint

『ジブリの戦後-国民的スタジオの軌跡と想像力』
著者:渡邉大輔
発売日:2025年5月22日(木)
価格:2,310円(税込)
出版社:中央公論新社

■イベント情報
『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』刊行記念トークショー
出演者:藤田直哉、藤津亮太
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信中
配信期間:7月11日(金)19:00〜8月3日(金)23:59(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』を購入した方

 

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる