『ジークアクス』ララァ登場で1997年の小説に再注目 富野由悠季が『密会』で描いたディストピア

■植民した人々が連邦政府と大企業の食い物に
宇宙への植民が「無限にリソースがある」という経済的な理由から開始され、植民した人々自体が連邦政府と大企業の食い物になっているというのが、『密会』での宇宙世紀のありようである。地球で暮らそうが宇宙に移民しようが、金も特権も持たない一般市民にとってはどちらも地獄、肥え太るのは一部の特権階級ばかり……という社会的背景についての説明が、物語の合間にふんだんに挟まっている。宇宙世紀もののガンダムシリーズでは繰り返し連邦の統治の酷さ・無能さが語られてきたが、その背景にある発想とシステムが詳細に説明されている点は、『密会』の読みどころのひとつだ。
恐ろしいことに、富野由悠季が1997年に書いてみせたこの暗黒の未来社会の構図は、古びるどころか現在になってより説得力を持ってきている。なんせ、現在収益している宇宙船の中で、大量の貨物と人員を宇宙と地球に往還させることができるのは、イーロン・マスクのスペースXが所有する「ドラゴン」だけなのである。宇宙との往還機を政府が所有しておらず、超大富豪が経営する私企業に宇宙への輸送手段を委ねるしかないという状況なのだ。
そもそも超大富豪のマスクが宇宙開発を進めるのは、経済的理由が大きいだろう。現状開発途上にある宇宙空間で輸送と通信という基礎的インフラを先行して独占してしまえば、巨額の利益を得ることができる。スペースXで宇宙への輸送、スターリンクで宇宙空間を介した通信というインフラを構築したマスクは、人類の宇宙開発全体に巨大な影響を及ぼしている。現にトランプと揉めたマスクが「『ドラゴン』を引退させてNASAとの契約を打ち切る」と発表したことがニュースになったほどだ。現在の宇宙開発は国家が「人類の進歩」や「学術的意義」のような看板を掲げてやるものではなく、超大富豪がリソースを独占して行なうものになりかけているのである。
富野が『密会』で示した「宇宙開発は崇高な理念のために人類全体が協調することによってではなく、地球が疲弊した果ての経済的合理性によって進む」「その結果一部の人間だけに富が集中し、大多数の人間は金と労働力を収奪されて死ぬ」というビジョンは、残念ながら現時点ではかなり正確に的中しているように思う。このビジョンから考えられる当然の帰結として「地球の自然豊かな地に佇む、特権階級向けの超高級娼館」というララァの居場所を設定した点からは、突き放したような冷徹さを感じる。地球に残され苛烈な生活を送らされている少女が、特権階級のための高級娼婦として吸い上げられているのだ。地獄である。
『密会』にはこのような地獄を乗り越え、人と人が理解しあってよりよい世の中を構築するにはどうしたらいいのか、という点について、富野なりの答えも書かれている。本書に書かれているその答えはおそらく、「自分たちが動物の一種であることに気づき、自らの身体の形を受け入れ、知恵をエゴに従属させることなく謙虚に生きていくこと」なのだが、これはなかなか体得するのは難しそうだ。しかし、宇宙開発という人類全体にとっての一大事業すら実際に経済的合理性に絡め取られつつある今、我々はなんとかしてまともに生きていかねばならない。そのためにはどうすればいいかを考えるためのテキストとして、『密会』は重要な作品なのだ。





















