杉江松恋×川出正樹×酒井貞道、2024年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議  ばらばらの候補作の中で1位となったのは?

2024年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議

 国内版に続き、こちらも恒例となったリアルサウンド認定翻訳ミステリーベスト10です。投票ではなく、川出正樹・酒井貞道・杉江松恋の書評家2人が全作を読んだ上で議論し、順位を決定する唯一のミステリー・ランキング。2024年度についても2024年12月21日に選定会議が開かれ、以下の11作が最終候補として挙げられました(奥付2023年11月1日~2024年10月31日)。この中から議論により1位の作品が選ばれました。選考の模様をお届けします。

『エイレングラフ弁護士の事件簿』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳(文春文庫)
『グッド・バッド・ガール』アリス・フィーニー/越智睦(創元推理文庫)
『死はすぐそばに』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫)
『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク/鍛冶靖子訳(東京創元社)
『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳(新潮文庫)
『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング/白石朗訳(文藝春秋)
『ボタニストの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳(文春文庫)
『身代りの女』シャロン・ボルトン/川副智子訳(新潮文庫)
『喪服の似合う少女』陸秋槎/大久保洋子訳(ハヤカワ・ミステリ)
『両京十五日』馬伯庸/齋藤正高・泊功訳(ハヤカワ・ミステリ)

本格あり、先の読めないスリラーあり、私立探偵小説あり……

酒井貞道(以下、酒井) 今回ばらばらですね。参ったな。予備投票で3人共が挙げた作品があまり点を集めていないので、各自が高い点を入れた作品が上位になっています。この意見をまとめるのは大変そうだ。

杉江松恋(以下、杉江) 提案なんですが、B級感のある『魔女の檻』を試しに10位に置いてみませんか。しかし、これ以外はあまり簡単に動かせないですね。

川出正樹(以下、川出) 従来やっていたやり方だと、5位と6位という真ん中を決めて、それより他の作品は上か下かで順位をつけてみましたが。これだけばらばらのものが揃ってしまうと、その手法が通じるかどうか。

杉江 いわゆる本格あり、先の読めないスリラーあり、私立探偵小説あり、短篇集あり、冒険小説あり、犯罪小説ありと評価基準をどこにしていいかもわからない。ではとっかかりとして、唯一の短篇集である『エイレングラフ弁護士の事件簿』はどこにしましょうか。これを5位か6位に置いてみるというのはどうでしょう。

酒井 ローレンス・ブロックが約50年近く書き続けてきた精華ですね。ミステリー・ランキングの場合、こういうおしゃれな短篇集はあまり上にこないでしょう。でも素晴らしい仕事の集大成ですから評価したいと思います。

川出 では、5位に置いてみますか。

杉江 候補作の中では『死はすぐそばに』と『ボタニストの殺人』が奇しくもシリーズ5作目であるという共通点があります。5作目ではありますが、両方もシリーズ中ではかなり上位に来る作品でしょう。これあたりから始めませんか。

川出 この2作ではどっちを上に評価しますか。

杉江 私は『死はすぐそばに』です。読みやすさという意味では『ボタニストの殺人』ですが……。

酒井 ミステリーとしてすごいことをやっているという意味では『死はすぐそばに』でしょう。

川出 そうですね。細部の完成度を考えると『死はすぐそばに』を採りたい。

杉江 では別の評価軸。先行きの見えないスリラーとして『身代わりの女』と『グッド・バッド・ガール』を挙げます。この2作では、どっちを上にしたいか。

川出 『身代わりの女』でしょうか。私は各種の投票でこの作品を推しているので。この2作に使われている、読者に先を読ませないようにさせる技巧、それが行き過ぎて、あらすじを書くことさえ難しいという書評家泣かせの作品です。その技巧を軸にして考えると、基準点にしたエイレングラフよりも『身代わりの女』は上にしたい。『グッド・バッド・ガール』はそこまでではないかもしれませんね。

杉江 では、『身代わりの女』は4位以上ということにしましょう。6位以下を決めていきませんか。思うのですが『魂に秩序を』と『ビリー・サマーズ』は4位より上じゃないでしょうか。

酒井 『ビリー・サマーズ』、物語としては何も起きない上巻のほうが好きなんですよね。それはミステリーなのかと言えば困るんですけど、犯罪小説ではあるのか。

杉江 犯罪小説の中には、作戦成功後に主人公が脱出していく逃亡小説というサブジャンルがあるんですよね。その逃亡の準備をするのが上巻なんで、犯罪小説としてのパーツは整っていると思います。ただ『ビリー・サマーズ』はそこに、暗殺者の主人公が小説を書いているという作中作の要素が加わるんですが。候補作中の異色作である『精霊を統べる者』はいかがでしょうか。SFなんですが、近過去を題材にした歴史小説でもあって、そこが中華民国を舞台にした私立探偵小説である『喪服の似合う少女』との共通点です。

川出 その2作だと、『精霊を統べる者』が上だと思っています。女性登場人物の描き方が優れているというのが一点、もう一つ時代設定にも必然性があります。『喪服の似合う少女』は消去法から選択された作品という印象でした。この時代でしか中国の私立探偵は成立しない。ロス・マクドナルドへのオマージュを捧げようとすると作品の形が決まってくる。そういう要素を手堅く作っていった点は評価できるけど、すべてを取り払って作品単体で評価したときは、そこまで評価できるだろうか。

杉江 わかりました。『精霊を統べる者』を暫定で6位に置いてみましょう。ここで提案ですが、さっき作品名の出た『魔女の檻』は次点にしましょうか。

酒井 とんでもないことをやっている作品で驚いたんですが、ここまで粒ぞろいのものが挙がっている中で、飛び道具の作品に固執する意味はないかもしれませんね。

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