SNS総フォロワー14万人超の絵本作家、千広兄弟インタビュー 『かえる場所』に込めた"二面性"とこだわり

みなさんにとっても「かえる場所」になってくれたら
――その想いが伝わったのか、TikTokに投稿されたその絵は、多くの人たちの心を揺り動かしました。
千広兄弟:それまでの僕は、SNSを使ったこともなくて。父親からは「作品は人に見られてなんぼだ」と再三言われていたけど、他人に評価されるのがものすごくいやだったんですよね。でも、友達にいいかげん投稿しなよとすすめられて……最後のつもりで投稿したら思いのほかたくさんの嬉しい言葉や反応をいただき、僕も自分と向き合い、千広兄弟が誕生した作品だと思っています。でも、どんなに明るく見える人でも、口に出さないだけで絶対に何かしらの苦しみや悲しみは抱えている。そういう人たちに届くような絵を描けたらいいな、と今は思っています。
――だから、なのでしょうか。千広兄弟さんの描く絵は、今回の絵本に限らず、あたたかさとさびしさが同居していますよね。
千広兄弟:悲しむ人を前に、隣で笑って元気づけてあげる優しさもあれば、すこし遠回りだけど、ただ一緒に悲しみを受け入れてあげる優しさも、大切なんだと思います。確かにさびしさは、描く子供たちの表情や雰囲気にも現れていますが、決して悲観的なものじゃないんです。周りは暗くはあるかもしれないけど、星の光のような、一縷の希望を探しているんだと思います。
――悲観的に感じられないのは、必ず「あたたかさ」も一緒に描かれているからだと思います。『かえる場所』も、暗闇のなかに必ず、一筋の光が差し込んでいますよね。あるいは星が輝いていたり。
千広兄弟:そうですね。夜でも月明かりや星の瞬きで、どこかに光を見出すことはできる。完全な暗闇なんてないんだということも描きたいことではあります。『かえる場所』でも、いちばん描きたかったのは、オオカミと少女がともに夜空にうつしだされる場面。そこにもまた「二面性」があるのかなと思います。
――おひとりなのに「兄弟」なのは、どうしてなのかなって思っていました。
千広兄弟:鬱のときって、ポジティブな言葉がすごく苦しいんですよね。前向きに頑張ろうと思っても、壁が大きすぎてどうしても乗り越えられない。そんなときに「柔軟心」という仏教用語……あるがままを受け入れて柔らかくしなやかな心で生きなさいという言葉を知って、ネガティブな状態もまた、生きていくためには必要なんだと思うことができました。ポジティブな自分も、ネガティブな自分も、どちらも生まれたときから一緒に育った兄弟のようなもの。いつでも対になった存在なんだってことを、自分の戒めとしても胸に刻んでおきたくて「千広兄弟」という名前にしたんです。
――その想いが、物語を通じても多くの人の心に届いているのだろうと思います。だからこんなにも、あったかくてさびしくて、優しいけど切ない気持ちになる。
千広兄弟:どんなふうに解釈してもらっても、それは読む人の自由だとは思うんですけれど、いつか、何十年後でもいいから、みなさんにとっても「かえる場所」になってくれたらいいなと思います。あの頃はこうだったなあと思い出したり、新しい殻を破ったり、どんなかたちでもいいから、きっかけの一つになれたらな、と。そういう絵本を、純粋さと残酷さをあわせもった子どもたちの物語を通じて、これからも描いていけたらと思っています。