『機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争』はどんな作品? 「リアルな戦争」を決定づけた戦闘描写の最高峰
12月25日、漫画家・玉越博幸氏が、肝臓でのがんの再発を自身のX(旧ツイッター)のアカウントで発表した。
玉越氏は2021年にステージ3の直腸がんを患い、同年8月に手術を受けている。さらに22年6月に直腸内視鏡検査でがんが再発見され、加えてその後リンパと血液へのがん転移も発見。4ヶ月に及ぶ抗がん剤治療を受けたという。しかし2023年11月には肝臓へのがんの転移も発見。今回はその肝臓でのがんの再発ということになる。
現在玉越氏が『ガンダムエース』にて連載しているのが、『機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争』だ。これは同名のOVA作品のコミカライズでありつつ、クリスチーナ・マッケンジーとサイクロプス隊のアニメ本編以前からの物語が描かれた作品である。単なるアニメのコミカライズではなく、北極の連邦軍基地襲撃以前のサイクロプス隊の戦いぶりや、連邦軍のえげつなさまで描写されている注目作だ。
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では、この『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争(以下0080)』とはいかなる作品だったのだろうか。ひとつ重要な点は、この作品が富野由悠季以外の人物が監督した初のガンダムだったということである。『0080』のOVAが発売されたのは、1989年の3月から8月にかけて。一連のストーリーを全6巻に分けて連続して発売した。このリリース開始のタイミングは、前作『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が公開された一年後にあたる。
1980年代末期のガンダムをめぐる状況は、この『逆シャア』によってアムロとシャアの因縁がひと段落した時期にあたった。また1985年からガシャポンで展開されてきたSDガンダムが低年齢層を中心にヒットしていた時期でもある。つまり「富野監督の手によって宇宙世紀の歴史を紡ぐ」という方向性のアニメ作品に一度ピリオドが打たれ、番外編中の番外編であるがゆえになんでもありの自由さがあったSDガンダムが人気を集めていたということになる。
『逆シャア』よりさらに先の時代の「宇宙世紀の正史」を描くのは、富野監督以外には難しいと判断されたのだろう。また「一年戦争」という広大なフィールドのあくまで辺縁での戦いを描いていた初代『機動戦士ガンダム』と比較すると、『逆シャア』はあまりにもアムロとシャアの死闘に世界の運命が乗っかりすぎていた。『逆シャア』以降の宇宙世紀には、富野監督以外の人間が想像を膨らませられる余白がなくなってしまったのである。『0080』がグッと時代を遡り、余白に満ちているがゆえに富野監督以外の人間でもストーリーを紡ぐことができる一年戦争期を舞台とすることになったのは、必然だったのかもしれない。
そこで展開された物語は、映像面でのこだわりに満ちている。特に今でも語り種となっているのが、第一話冒頭のサイクロプス隊による北極基地襲撃シーンだろう。重量を感じさせるモビルスーツの動きの生々しさと、視点移動の巧みさ、爆発などのエフェクトも含めたケレン味とメカのリアリティに満ちたこのシーンは、ロボットアニメにおける戦闘描写の頂点のひとつと言っていい。第4話でのケンプファーとアレックスの戦闘も「市街地でのモビルスーツ戦」の恐怖感を見事に描いているし、第6話の悲劇的な戦闘も見所満載。バブル期の余裕を感じさせるリッチなアクションシーンは、間違いなく本作の美点だ。
また、ミリタリー面でのマニアックなディテールも、当時のガンダム周辺の雰囲気を強く感じさせる。放送当時なりのリアリティだった初代ガンダムの設定をブラッシュアップし、制服や装備品を実際の軍隊らしい方向にリメイクしているのは、当時第一線のマニアが多数スタッフとして参加していたからこそできた仕事だろう。特にサイクロプス周辺に関してはドイツ軍の装備品をベースとしたデザインが盛り込まれており、「ジオン軍=ドイツ軍」という図式を決定づけた作品でもある。
富野由悠季以外の監督がガンダムを製作でき、それがヒットすることを証明したこと。そして、マニアックなディテールを盛り込み、落ち着いた戦争ドラマを展開する大人向けガンダムのありようを示したこと。このふたつが、『0080』という作品の大きな特徴だと思う。富野監督が『F91』、そして『Vガンダム』を製作したことでガンダムシリーズから離れてしまったことを考えると、ここで「富野作品ではないガンダム」「高年齢のアニメファン・ミリタリーマニア向けのガンダム」という方向性を示したことは、ガンダムという商業作品シリーズにとって大きな意義があったはずだ。
これは推測だが、富野監督がガンダムから離れてしまう数年前にOVAという形で非・富野作品としてのガンダムが存在したことは、今川泰宏監督による『Gガンダム』の成立を助けたのではないか。以降富野監督以外のスタッフがガンダムを監督することは普通になったことを考えると、宇宙世紀もの以外のガンダムの成立はシリーズの商業展開をよりフレキシブルかつサステナブルなものにしたはずだ。少なくとも、「ガンダム=富野監督」という図式が強固なものとしてあり続けた場合には、『水星の魔女』のような作品は作られなかっただろう。
また、現在の「宇宙世紀を題材にしたマニア・ハイターゲット向けガンダム」の成立についても、『0080』の成功があればこそだと思う。メカのディテールに凝り、過去の設定との折り合いを重視し、「リアルな戦争」的な方向性を指向するこちらの方向性は、現在でも『ガンダムUC』や『閃光のハサウェイ』といった作品に見られる。言ってしまえば玉越氏による『0080』のコミカライズもこの路線の影響下にあり、こういった点からも「宇宙世紀メインの、リアルな戦争っぽいガンダム」を成立させた『0080』の功績は大きい。
そんな『0080』の「語り直し」として、玉越氏のコミカライズは非常に続きが気になる内容だった。内容的には2023年に発売された4巻で、ようやくOVA版の冒頭に差し掛かったあたり。なんと、まだバーニィすら登場していないのである! なんとか病気から立ち直って、続きを描き上げてくれることを祈るばかりだ。