SFやミステリの名著が原作ーーWeb漫画業界に新たな波を呼ぶ「ハヤコミ」のポテンシャルを分析
ワン・アンド・オンリーな「ハヤコミ」のラインナップ
その一方で、「ハヤコミ」の連載陣には古典ばかりではなく最近の話題作も含まれている。「第11回アガサ・クリスティー賞」で史上初の満点を獲得して大賞に輝き、2022年の「本屋大賞」を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』だ。
物語の舞台は、独ソ戦が激化する第二次世界大戦期。ドイツ軍の侵攻によって村を滅ぼされた少女・セラフィマが、復讐のために狙撃手としての道を選ぶ……という壮絶な設定の戦争小説となっている。
なお原作者・逢坂冬馬は、コミカライズ化にあたって自身の「note」にてその経緯を説明していた。いわく、以前他社からコミカライズの打診があった際には警戒心を抱いていたそうだが、今回の企画では大ファンだった漫画家・鎌谷悠希の名前が挙がったことで一気に話が進展。
鎌谷なら「戦争とジェンダー」という問題意識を正確に受け取って表現してくれるだろうという信頼感から、むしろ“自分自身がとても読みたい”と思い、コミカライズ化の依頼に至ったという。
また、あのキアヌ・リーブスが原作を手掛けたアメコミ『BRZRKR』の邦訳版も掲載中。同作は“キアヌ顔”をした不死の主人公を描いた内容で、映像化の予定もある話題作だ。ほかにも、高橋葉介による伝説的な漫画『夢幻紳士』シリーズや、過去に『SFマガジン』や『ミステリマガジン』で発表された短編など、復刻掲載にも積極的な姿勢を見せている。
ところでこうした掲載作品からは、Webコミックの新たな可能性を切り拓くポテンシャルを感じられる気がしてならない。というのも現在のWebコミック界隈では、「少年ジャンプ+」や「サンデーうぇぶり」、「マガポケ」など、大手漫画誌から派生したサイトが人気を博している。そこで「ハヤコミ」は自社が培ってきたSFやミステリのリソースをつぎ込むことで、独自路線の媒体を作り上げつつあるからだ。
「ハヤコミ」以外にも、差別と貧困、格差を扱った『生活保護特区を出よ。』などを掲載するリイド社の「トーチweb」や、“大丈夫”を求める人々を描く『大丈夫倶楽部』を連載するトゥーヴァージンズの「路草」など、オルタナティブな作品を発信しているWeb漫画サイトはいくつか存在する。
すぐれた作品は、多様性に満ちた環境から生まれるもの。こうしたWeb漫画サイトでこそ、時代を変えるような傑作が誕生するのかもしれない。