大友克洋 初めて漫画に持ち込んだ要素とは 『童夢』単行本版と全集版を比較して見えた“先鋭的”表現

大友克洋『童夢』全集版と比較

 2022年1月から刊行が始まった、大友克洋全集こと「OTOMO THE COMPLETE WORKS」。2025年の4月からは、第二期第二回配本として、『APPLE PARADISE』と『AKIRA 2』か刊行される。

 この「OTOMO THE COMPLETE WORKS」は、『AKIRA』などの作品で国際的な知名度を誇る大友克洋の漫画家としての画業を、そのスタート時点から遡って全作品収録するという長大なプロジェクトだ。全集の巻数は発表順となっているが、2022年の第一回配本で発売されたのは8巻から。その後も発売される巻の順番はバラバラながら、現在までに13冊が発売されている。

大友全集の第1冊目『童夢』とは

 この中でも最初に発売された8巻に収録されていた作品が、『童夢』である。この作品は『アクションデラックス特別増刊』1980年1月19日号から掲載され、全4話が発表されたのち、単行本化の際に後半部分が大幅に加筆されて刊行された。この『童夢』も単行本が絶版となっていた作品だが、超能力という「見えないもの」を画期的な形で表現した、凄まじい作品だ。にもかかわらず、単行本の冊数は全一巻。収まりの良さも含め、大友全集のトップバッターとして納得のチョイスである。

 『童夢』のすごさは、今となっては少し理解しにくいところがある。『童夢』に限らず大友克洋が初めて漫画に持ち込んだ要素は数多くの作家に取り込まれ、分解され、現在の漫画表現のスタンダードになってしまっている。なので、のちの読者にとってはほとんどインパクトが感じられず、なにがすごかったのかを理解するのが難しくなっているのだ。音楽で言えばビートルズのようなものであり、それゆえ『童夢』などの大友作品の凄まじさを理解しようとするなら、「もしもこういう表現が持ち込まれた漫画を初めて読んだとしたら」という想定で読む必要がある。

 「もしも『童夢』を初めて読んだとしたら」という想定で読めば、本作はまず冒頭から圧倒的である。『童夢』の舞台は巨大な団地。数多くの住人が住む大型集合住宅が連なるロケーションで、無邪気で残忍な超能力者の老人であるチョウさんと、チョウさんを止めようとする同じく超能力者の少女エッちゃんの死闘が展開される。まず冒頭で表現されるのは、舞台となる団地の巨大さと不気味さだ。本編がはじまってふたつめの見開きいっぱいに、真夜中の暗闇に沈む団地の屋上から中年男性が飛び降り自殺する様子が描かれているのだが、男性が飛び降りた音は2ページ全体にみっしりと描かれた団地の中に小さく「どさッ」とだけ書かれる。団地の巨大さと人間一人が飛び降りたことのサイズ比が表現された、見事な見開きだ。

 この団地というロケーションの不気味さは、さまざまな方法で表現される。登場人物が団地の中にいる場合、どのコマでも背景は集合住宅で塞がっている。抜けのいい風景は作中に全く登場せず、視界が巨大な建築物で遮られていることが執拗に描写される。入り組んだ建造物に囲まれていることが、大友克洋による精密な建造物の描き込みによって、これでもかと念押しされているのだ。

「見えない力による破壊」を描写した先駆的表現

大友克洋『童夢 (OTOMO THE COMPLETE WORKS 8)』(講談社)

 そしてチョウさんとエッちゃんが直接対決する後半では、この団地が2人の超能力を表現するための舞台装置となる。2人が空中を飛びながら攻撃しあうシーンでは街灯が割れ、ガードレールが曲がる。そして戦闘中盤の巨大なガス爆発を経てエッちゃんの力がフルボリュームになるにつれて、団地は強烈な「力」によって破壊されることになる。

 この破壊の様子が、『童夢』を伝説的作品にした。最も有名なのはチョウさんが球体状の「力」によって壁面に押し付けられ、丸く歪んだ壁にめり込んでいくシーンだろう。それ以外の団地の壊されぶりも、壮絶の一言である。「もしも巨大な団地の建物が、上から巨大なハンマーがめり込んでいくように一棟丸ごと破壊されたら」という絵を説得力を持って描くことができたのは、この当時はこの作品だけだったのだ。崩壊していく団地の中で複数の登場人物が複雑に動き回る様子を整理して見せ、何がどうなったのかを理解させるというウルトラCを、『童夢』執筆時の大友克洋は成し遂げている。改めて見ても、とんでもない仕事である。

 これだけエクストリームな破壊を描いておきながら、もっとも壮絶なラストバトルが人知れずひっそりと戦われるのも『童夢』の渋いところだ。真昼間の団地。集合住宅に囲まれた平和そのものの公園の中で、超能力者の"子供"2人による無音の死闘が繰り広げられる。当然彼らの戦いは目に見えない。しかし遠くで割れるガラスや歪むブランコの柱、そして縦横無尽に動く視点の移り変わりによって力と力のぶつかり合いが描かれる。平和な日常のすぐ横に、不穏極まる超能力者同士の激闘がごろりと横たわる様は、まさにホラー的な読み応えがある。

 この作品で「見えない力による破壊」を突き詰めたことは、のちに描かれた『AKIRA』にも少なからぬ影響を与えているのは間違いない。『AKIRA』では超能力も重要な要素であり、『童夢』を大幅にスケールアップさせた戦い(月の破壊など)が描かれた。が、超能力を使った空中浮遊の浮遊感や、「力」が一方向をギュッと指向する様子など、『童夢』との共通点も数多い。巨大建造物の破壊が緻密に描かれる点なども含め、プレ『AKIRA』といった趣もあるのが『童夢』なのだ。

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