【自給農】お金に左右されず自己肯定感を高めるにはーー 岡本よりたか氏が提唱する新しい時代の暮らし方
■食糧問題で注目集まる「自給農」
2024年に米の不作や需要が増えたことによる“令和の米騒動”が起こり、日本の食糧問題がクローズアップされた。これを機に、不安を抱く混沌とした時代を生き抜き、しっかりと食べていけるようにするためには何をするべきなのか、考えを巡らせるようになった人も多いのではないだろうか。
そういった風潮のもとで注目されているのが、農業だ。『おひとり農業』(内外出版社/刊)の著者・岡本よりたか氏は“自給農”を提唱している。自給農と聞くと、まるで仙人のように自然のなかで自給自足を重んじながら生活するようなイメージを抱くかもしれない。しかし、そうではない。
岡本氏は「自分の視点で、自分の感性で、食べるものの一部でもいいから作ってみてほしい」と話す。そして、自給農を実践すれば「生きる力や知恵を身につけることができる」と説く。農業は食糧を手にするだけではなく、そのプロセスを通じて、精神面を整えることもできるという。
こうした岡本氏の考えは、何かと現代社会を生きづらいと感じる人々の悩みを解決する力があるのではないだろうか。また、少子高齢化や自給率、労働力の低下などネガティブな視点で論じられることが多い農業を、岡本氏はどのように見ているのか。インタビューで明らかにした。
■おひとり農業、自給農とは
――岡本さんが提唱される“おひとり農業”とはどのような農業なのでしょうか。
岡本:僕は以前から“自給農”という言葉を広めています。流通と貨幣経済に翻弄される暮らしを続けていると、自分がやりたくない仕事に対しても「NO」と言えない状況になってしまう。それこそ人々がストレスを感じる要因だと思います。ところが、仕事で悩んでいる人に対し、僕は「やりたくない仕事なら辞めてはどうか」と言うのですが、「食べていけなくなる」と返されることがあるんですよ。
――仕事がなくなると生活していくお金を得る基盤がなくなり、困りますからね。
岡本:しかしながら、仕事は何のためにするのか、考えてみてください。「食べていけなくなる」という言葉にあるように、究極的には食べ物を手にすることが仕事をして、お金を稼ぐ最大の目的でしょう。つまり、人は食べ物さえあれば無理に嫌な仕事をしなくても済むのです。やりたくない仕事や付き合いを手放し、本当に自分がやりたいことができるようになる。そのために役立つのが自給農の考えであり、“おひとり農業”なのです。
――岡本さんが自給農に注目されたきっかけを教えてください。
岡本:僕は前の仕事を辞め、農業を始めました。よく農業は「食べていけない」、つまりお金が稼げないと言われますが、食べ物を作っているのですから食べていけないことはないのです。目の前に食べ物があるわけですからね。確かに、専業農家のように他人に売る農作物を作る農業では、食べていくのは難しい面もあります。しかし、自分自身のために農作物を作る暮らし方なら、困ることはないとわかりました。あとは最低限、電気代、ガス代、水道代、税金に当たる金銭を稼げばいい。そういう意味で、自給農は誰でもできるのでは……と考えました。
――岡本さんが本の中で言及しているのが、縄文時代の生活様式ですね。争いごとも競争もない平和な時代が続いたとか。
岡本:縄文時代は大規模な戦争が起きず、約1万年もの間、安定した時代が続いたといわれています。縄文人は1年間、生活に必要なぶんだけを狩猟採集して、心が荒まずに生きていたのです。僕は、これが人間にとって理想的な生き方と思っています。ところが、縄文時代から弥生時代に変わると、戦争が起きました。その原因は、コメを中心に、食糧をたくさん貯めておける人と少ししか貯めておけない人に貧富の差が生まれたことです。
――弥生時代は、なんだか現代に近い感覚になっていますね。
岡本:弥生時代の米が現代はお金に変わりました。本質は同じです。縄文人は自分たちの食糧を得ることだけに注力しているので、心の余裕がありました。ところが、弥生時代になると集団で農業をすることになります。やりたくない仕事をすると、必然的に喧嘩や争いの基になってしまうのです。
■自給農が現代社会にマッチしている理由は?
――自給農を実践する人は増えているのでしょうか。
岡本:僕の弟子は10人くらいいて、自給農の考えを全国で広めていますが、倍々ゲームで実践者が増えている印象があります。特に最近は、誰もが農産物の価格の高騰、さらには農作物そのものが少なくなっていることを体感しています。それを機に自給農を志す人もいますから、毎年のように増えていますね。
――現在の仕事の内容や給与などに疑問を持っている人からも、注目を集めそうですね。
岡本:そうですね。これまでの貨幣経済中心の価値観に、みなさんが疑問を持ち始めたのだと思います。自分の労働時間や質に対して十分な給料が入ってこないとか、国は税金を無駄遣いしているとか、社長の豪勢な暮らしと自身の貧しい暮らしが乖離していると実感するとか、こうした搾取的な社会に疑問を抱いている人は少なくないはずです。
――XなどのSNSを見ると、そういった意見は飛び交っていますね。
岡本:SNSの普及で、会社員として働いた時と、自営した時の収入を簡単に比べることもできるようになりました。また、自営や自給の人達と接する機会があると、経済のシステムに翻弄されているのではないかと気づく人は多いのではないでしょうか。
――そうした気づきが、自給農に関心をもつ人が増える要因でしょうね。ただ、農業を始める際、ハードルが高いと感じる人は多いと思います。適性などに関係なく、誰でもできるものなのでしょうか。
岡本:先ほどもお話しましたが、農業の“業”を重視し、農作物を売ってお金にしようとすると正直大変ですし、ハードルが高いと思います。農業機械を揃えたり、先行投資も莫大に必要になりますからね。ところが、自給なら思ったほど投資しなくても済みます。僕の畑は100坪ありますが、機械がなくても耕作できるし、友達が手伝ってくれるので労働力も必要としません。同様の規模で野菜を作るのであれば特別なスキルは不要で、誰でもできると思いますよ。
――確かに、都心近郊でも、畑を借りて週末だけ家庭菜園を楽しむ人がいますからね。岡本さんの教えを受けて自給農を実際に始めた人は、どんな生活を送っているのでしょうか。
岡本:地域おこし協力隊になった方がたくさんいますね。過疎化した村や集落に入り、休耕地で米や小麦を地域ぐるみで作ったり、醤油や味噌などの調味料の作り方を地域の人に伝えている人もいます。そういう取り組みが盛り上がることで、共感する移住者が増えていきます。そして、集落に若い人たちの知恵や知識がもたらされ、地域全体が活性化していくのです。