外食は身体に良い!? 筋金入りの外食者・新保信長『食堂生まれ、外食育ち』インタビュー
グルメ漫画全盛で、『孤独のグルメ』の映画化が発表されるなど、その人気は依然衰えそうにない。南信長の筆名で漫画評も手掛ける新保信長氏は、『字が汚い!』などのエッセイ著書もある編集者兼ライターである。その実家は大阪・堂島の大衆食堂で、いわゆる外食のメニューを三度三度食べて育ったという。新刊『食堂生まれ、外食育ち』(KKベストセラーズ)は、そんな筋金入りの外食者によるエッセイ集だ。(杉江松恋)
食事はインターフォンで一階の店に注文
——新保信長さんの新刊『食堂生まれ、外食育ち』は、大阪・梅田で大衆食堂を経営する家に生まれて、日常の食事もお店のメニューという環境で育った方が、外食について語ったエッセイです。「いつもの」と言っていいのは店の側だけで客の注文としてはNG(「人はだいたい同じものを注文する」)とか、外食を楽しむためのやり方を気負わずに語った本としても楽しく読みました。最初にお聞きしたいのはやはり、食堂「丸万」の二階に住んでいたというご実家での暮らしです。家業が食堂のおうちは、やはりよそとは違うところがありましたか。
新保信長(以下、新保):「「今日のごはん何?」と聞いたことがない」が序のタイトルですけど、食事は全部自分でメニューから選んで、インターフォンで一階の店に注文してました。
——屋内で出前だ。学校に持っていくお弁当はどうしていたんですか。新保さん、中高一貫の灘という超進学校のご出身で、東京大学に進まれてますよね。
新保:中高に学食はありますけど基本お弁当でした。基本は店の残り物ですが、母もいちおう作ってくれていました。ただ、「おいしい味噌汁の条件」で書きましたけど、母はもともと料理を全然しない人だったんです。たとえば味噌汁が本当にまずくて、「タケヤみそを入れて、味の素をパッと振って、お湯を注いで、とろろ昆布を入れる」というレシピだったんですよ。そもそも、家族で食卓を囲むということ自体がほぼ、お正月とかそういう特別なとき以外は皆無な家だったんです。そこからして違いましたね。
——丸万があったのは、住所で言えば曽根崎新地ということになりますね。街中も街中ですが、どういう場所だったでしょうか。
新保:小学校はいわゆるドーナツ化現象でものすごく人数が少なくて、同学年は入学時19人で、卒業したときには13人になっていました。もう廃校になってるんですけど、いわゆる勤め人の子は少なくて、自営業とかちっちゃい会社を経営している家ばかりでしたね。あのあたりは基本的にオフィス街です。なのに当時は飲食店が少なくて、うちと蕎麦屋が一軒あったぐらいかな。だからサラリーマンの昼飯需要がすごくて、それで商売が成り立っていたんです。従業員もたくさん、多いときで10人以上はいました。この本、カバーを外すと丸万のメニューになっているんですよ。
——あ、本当だ。寿司から定食丼物、エビフライやピカタなどの簡単な洋食まで、本当になんでもありますね。この「三笠オムレツ」というのは何ですか。
新保:挽き肉の入ったオムレツです。刻みタマネギとかも入ってたと思いますけど、なんで三笠なのかはわかんないですね。
——このメニューでみんな出前を取るわけですね。メインは近所の会社ですか。
新保:あと、昔は麻雀屋がけっこうあったんで、出前はよく行ってました。
——なるほど。メニューにある海苔巻きなんて、麻雀する人用ですよね。牌をつまみながら片手で食べられるから。新保さんは大学で東京に来られます。一人暮らしをするようになってからも、やはり基本は外食でしたか。
新保:学生のときは多少、自炊もしてたんです。就職してからは、時間的に余裕がないこともあってまったく自炊しなくなりました。学生のときのアパートに、就職してからフリーになるまで住んでたんですけど、引っ越すときフライパンが完全にホコリに埋もれてましたからね(笑)。最初は飯田橋のほうの教育系出版社にいたんですけど、ここにいても先はないと思って10ヶ月で辞めて、新聞の募集で見た編集プロダクションに入りました。その編プロの親会社に引き抜かれて3年ぐらいいて、やっていた雑誌が潰れたのを機にフリーになったという履歴です。最後にいた会社は新宿歌舞伎町の外れにあったんですけど、残業代が一切つきませんでした。その代わり3時間以上残業すると、残業食事代が500円つく。当時でもなかなか一食分には厳しい感じでしたけど、あるとき700円に上がったんです。それはもうみんなで大喜び(笑)。
——1980年代末ですから当時はバブル後期、それで500円の食事代は厳しいですね。「残業メシ格差」にはそのへんの話も書かれています。
新保:フリーになって扶桑社で『SPA!』の編集をやるようになったら、夜6時くらいになるとバイトが注文を聞きに来て、出前をタダで取ってくれるんですよ。それに感動してたんですけど、その後文藝春秋の『マルコポーロ』(廃刊)で掛け持ちで仕事をするようになったんです。花田紀凱編集長になる前です。そうしたらすごい重箱に入った弁当とかが食えるようになって。「これ、食っていいのかな。あとでお金取られたらどうしよう」と怯えました(笑)。そのくらい格差はありました。
身体が求めるものを食べていれば自然に、健康に良くなる
——十代の終わりに東京に来られて、あとはずっとこちらですね。西と東でやはり外食で出会う食べ物も変わったのではないかと思うんです。
新保:東京に来て初めて食べたものっていうのもけっこうあるんですよ。たとえばレバニラ炒めとか。『天才バカボン』で、バカボンのパパが好きらしいけど、どんな食べ物だろうと子供のころは想像していました。実家にいたころは焼肉も食ったことなかったし。店はあるけど、家族で行くってことはなかったですから。キムチも東京で初めて食べました。大阪だと、鶴橋なんかは焼肉天国ですけど。
——大阪は東京以上に地域性がある印象です。
新保:そうですね。いわゆるキタ(梅田)とミナミ(なんば)でも違いますし、ましてや、西成、新世界方面に行くとまた独特なものがありますし。
——新保さんが育った梅田、堂島付近の土地文化についても「恵方巻」と「丸かぶり」で書いておられますね。SNSで新保さんが「あれはコンビニの陰謀だってみんな言うけど、うちは食べていた」と書いておられるのを見た記憶があります。
新保:「コンビニが捏造した嘘歴史」みたいなことを言う人が毎年必ず出てくるんですけど、「いや、あったから」って。恵方巻じゃなくて丸かぶり寿司は発祥が諸説あって、ちゃんとはわからないみたいです。たぶんうちのあたりと船場の方。そういう文化圏のものでしょうね。
——本を通読して気づいたのは、どうやったら美味しくお酒が飲めるか、という話が多いことでした。酒飲みには、縄張りというか同じところにずっと通いたい人と、常に新しい店を開拓する人と二種類ありますが、新保さんはどっちのほうに近いですか。
新保:どっちかというと新しい店に行きたいほうですね。
——久住昌之さんは『面食い』『勝負の店』(光文社)など、新規開拓テーマだけの本も書いておられますね。新保さんが新しい店を選ぶときのチェックポイントってありますか。
新保:ものすごく曖昧ですけど、佇まいですか。アピールが強すぎる店はあんまり選ばないけど、逆にそういう店が良い場合もあるんで本当に雰囲気ですよね。アピールの仕方があって「この店、おかしいんじゃねえか」ぐらいに突き抜けていると、ちょっと入りたくなる。でも、貼り紙が多いだけで魂がこもってない感じだったらパス、かな。
——性に合わないところに入っちゃうこともあると思います。たとえば「酒飲み認定」で、料理を持ってくるのが遅いのは許すけど、お酒を持ってくるのが遅いのは我慢ならないということが書かれていますね。「何はなくても、まず酒を持ってきてくれ。話はそれからだ」って(笑)。
新保:酒が遅いのは許せないですね。私はたぶん、人並みより酒を飲むペースが早くて、一杯目のビールなんかは本当にすぐ飲んじゃう。ワインは、店によると本当にちょっとしか注いでくれないことがあるじゃないですか。あれは二口ぐらいで飲んじゃいます。それでお代わりがなかなか来ないと困るんです。お酒がないと食べるほうも止まっちゃうタイプなので。
——そうか、手が止まるんだ。「大食いは嬉しくない」で書かれてますけど、新保さんは小食なんですよね。
新保:そうですね。夜は飲み屋が主で、ツマミが何品という感じだし。ガッツリ行くような店にはそもそも行かないです。昼は、うっかり大盛りの店に入らないように気をつけている(笑)。基本的にご飯は少なめで注文しますからね。食べ盛りの中学生・高校生のときでも、大盛りとか頼んだことないです。
——大盛りって人生の中であんまり頼んだことないですか。
新保:一度もないです。
——一度もないんだ。立ち入ったことを聞くようですけど新保さん、健康面はいかがですか。外食中心だとどうしてもその点について聞かれると思いますけど。
新保:それはね、ちょっと言いたいところがあるんです。外食は身体に良い。
——お(笑)。なんでですか。
新保:世の中の人は「外食ばかりすると栄養が偏る」と言いますけど、身体が求めるものを食べていれば自然に、健康に良くなると思うんですよ。外食はなんだかんだ言ってもサラダとかついていたりするじゃないですか。ちゃんと栄養のバランスは取れてるんです。
——毎日外食でも大丈夫ですか。
新保:全然大丈夫。
——力強く断定しましたね(笑)。お酒を飲まないことってあるんですか。
新保:基本ないですね。体調崩したときや、健康診断の前日とか以外は。
——それで毎日ご自分の好きな量を飲んで、外食をされても健康には悪くないと。
新保:それが健康に良いんです。