【連載】速水健朗のこれはニュースではない:ヴォート社のビジネスモデルから見る『ザ・ボーイズ』

『ザ・ボーイズ』ヴォート社のビジネス

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第12回は、Amazon Prime Videoで配信中のドラマ『ザ・ボーイズ』について。

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速水健朗×箕輪厚介『これはニュースではない』刊行記念トークショーは本日8月7日19時より配信!

スーパーヒーロービジネスの実態は?

 Amazon Prime Videoで配信中のドラマ『ザ・ボーイズ』はスーパーヒーローものでありながら、現代社会の歪みを鋭く風刺する作品。登場人物のビリー・ブッチャーは、常に仏頂面の中年男性でいつでも機嫌が悪く、ひげ面のむさ苦しい男。そして、とにかく口と態度が悪い。トニー・スタークと真逆のタイプ。そんな彼が仲間を集めて巨大企業のヴォート社に立ち向かう。言うなれば山崎豊子の小説『沈まぬ太陽』である。

 ヴォート社の基本的なビジネスは、スーパーヒーローの育成とマネジメントである。ヒーローたちは、街の治安維持に貢献しながら、映画に出演してプロモーション活動を行っている。ヴォートはヒーローの映画をつくり、グッズを売り出し、テーマパークを運営する。メディアミックスはあらゆる領域に広がっていて、彼らはテレビのニュースチャンネルも所有する。コングロマリット企業だ。つまり、ディズニーのような存在。一方で、地方自治体に自社のヒーローを防犯のキャラクターとして売り込み、行政に食い込んでいる様子も描かれる。

 これは途中からわかってくることだが、ヴォート社の本来のビジネスは、バイオテクノロジーを用いた製薬企業だ。ヒーローたちの能力は、実は製薬の投与によって生まれたものだ。彼らはそれを知らずに能力者になっている。ヴォート社は、その製薬コンパウンドVを量産しようと目論んでいる。

 ヴォート社のモデルの1つはファイザー社だろう。世界的な製薬大手。ファイザーは、戦前からドイツで発展したが、ヴォート社の設定も同じ。ヴォートが独占する「コンパウンドV」は、投与によってヒーローに特殊能力を与える製剤で、ファイザーで言えばバイアグラがそれに当たる。一方、モンサント社にも似ている。モンサントは遺伝子組み換え作物で有名な企業。ヴォート社は反ヒーロー運動に巻き起まれつつあるが、世界中から反発をくらっていたかつてのモンサント社の状態に酷似している。

 コンパウンドVを軍に売り込もうとするヴォート社のCEOが、ロッキード・マーティン社のビジネスモデルを語る場面がある。この会社の知名度は航空機メーカーとしてのものだが、主な収益部門はミサイルだ。これもまたヴォート社が目指すビジネスの理想像。ヴォート社は、ヒーローを使った表のビジネスで信頼や人気を得て、実利は軍事産業として上げるというもの。

「文化戦争」と「疑似戦争」

 さて、日本でヴォート社に似た企業はあるだろうか。1つ上げるなら吉本興業だ。元々はタレントを抱える芸能事務所。次に劇場を持ち、地上波のテレビ局の株式を保有する。すでにメディア・コングロマリット。さらに行政と組んで地域おこしのための地域タレントを全国に配置している。お笑い=ソフトパワーによる文化輸出も吉本の目論見。かなりヴォート社っぽい活動をしている。『ザ・ボーイズ』のヒーローたちは、裏で破廉恥なパーティーに出入りし、市民を巻き込む事故を起こしていたりするが会社がもみ消している。どこかで見た光景。不祥事のもみ消しに余念のないヴォート社だが、もはやかばいきれなくなっている。

 このドラマの台詞で「文化の戦争を仕掛ける」という場面がある。たしかシーズン2。文化戦争は、国民が対立し分断して争っている状態のこと。アメリカで90年代に生まれた言葉だが、日本でもトランプの台頭以降に聞くようになった。「文化戦争」「カルチャーウォーズ」というと、カルチャーセンターや文化包丁的な軽さを思い浮かべてしまうが、むしろ逆。「文化戦争」は、全人格、相手の価値観まですべてをもって対立する分断を指す言葉だ。

 「文化戦争」と対置すべき言葉は「疑似戦争」である。例えばプロレスは、労働者タイプのレスラーから、黒人やヒスパニックとか、マイノリティーなど多様なレスラーたちがいる。2000年代以降でもっとも有名なザ・ロックは、サモアン系。必ずしも、マイノリティーの代表という立場だけではないが、こうした背景抜きには語れない存在。民族や政治の縮図がプロレスのリングの中で形成される。

 プロレスでは、ブーイングと応援が入れ替わっていく。悪役が悪さをするとブーイングが起きるのだが、途中でそれが応援にも変わる。観客の喜怒哀楽を出し入れするのがいいプロレスラーである。そして試合が終われば、どちらのサイドも「あー楽しかった」となる。もし、自分が応援する側が負けたら、「相手がアンフェアだった」「ずるをした」って言い出したらプロレスは成立しなくなる。現代のアメリカは、縮図のなかの疑似戦争が成立しなくなったプロレスのように見える。

ドラマシリーズが現実の混乱に乗り超えられてしまう

 『ザ・ボーイズ』での「セブン」は、ヒーローで形成されるグループ。ここでも社会の縮図が描かれる。メンバーには、愛国者ヒーローから、若い世代の代表、無口な奴やこびへつらうタイプまで、多様なタイプが揃っている。誰もがセブンを応援できる。だが、シーズン4ではついにそれぞれのファンが殺し合いを始めた。『ザ・セブン』の中でもシビル・ウォーが始まったのだ。

 シーズン4のラストの放映直後、「現実世界の出来事と類似したシーンやプロットは偶然であり、意図的なものではありません。」という声明が公式から発せられた。このシーズン最終のエピソードが、トランプの狙撃事件のタイミングと重なった。そこまでそっくりではないが、やや似た物語が描かれた。宣伝の意図もあるのだろう。ただ、混乱するアメリカをパロディとして描いてきたこのドラマシリーズが現実の混乱に乗り超えられてしまうのは、今回がはじめてというわけではない。

■イベント情報

『これはニュースではない』刊行記念トークショー
出演者:速水健朗、箕輪厚介
日 時:2024年8月7日(水) 19時~
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信
配信期間:2024年8月7日(水) 19時~2024年8月28日(水) 23時59分(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『これはニュースではない』を購入した方

刊行記念トークショー配信チケット付き『これはニュースではない』は、blueprint book storeにて発売中→https://blueprintbookstore.com/items/66602b8d597398002e857307

■書籍情報

『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日 ※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095

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