シャーロッキアンにとって『名探偵コナン』とは? 『ササッサ谷の怪』編者・北原尚彦インタビュー

『ササッサ谷の怪』北原尚彦インタビュー

シャーロッキアンの活動とは?

——この記事をご覧になる方向けに、シャーロッキアンというのはどういう活動をされている方なのかを教えていただいてもいいですか。

北原:「ホームズ研究家」というよりは「ホームズ愛好家」ですね。シャーロック・ホームズというのは原作も含めて一つの文化になっているので、人それぞれの楽しみでいい。研究しないといけないということはないんです。あとよく、「シャーロッキアンはホームズが実在の人物だと信じているぞ」みたいに言われるんですけど、別に信じているわけではなくて、「シャーロック・ホームズが実在していたとしたらどうなのか」というゲームなんです。シャーロック・ホームズの作品ってバラバラの順番で書かれているんですけど、それを時代順に並べ替えたらどうなるか、というクロノロジー、年代学がまず有名で。舞台になった土地や建物をロンドンのどこだったか特定するというのもあります。あと、年代を特定するときの要素として当時の実際の天気で、原作の描写に当てはまるところを探したり。そういうことをやっていくのを、グランド・ゲームと言うんです。論文とかの「研究」と「遊び」を重ね合わせたようなことをするのをシャーロッキアンと呼ぶんだと思います。別に狂信者の集まりじゃない(笑)。「ちょっとあの人たち、怖い」みたいに言われたこともありますけれども。

——ホームズに関連するものは、北原さんはどこまで購入しますか。

北原:書籍では、ホームズやドイルの日本語で書かれた研究書とかはもちろん買いますよね。パロディ、パスティーシュに関しては、例えば該当する短篇が一つでもあれば、そのアンソロジーや雑誌まで極力買うようにしています。洋書は、すべて網羅することは無理なんですが、コミックとかバンドデシネとか絵本とかでホームズの変なやつがあったらなるべく買うようにしています。グッズはコレクターが一人知り合いにいるんでその人に任せてたんですけど、私より年上なもので「そろそろ断捨離する」とか言い始めて「任せていたのに困りますよ」って(笑)。誰かがその跡を継いでくれるといいんですが。ただ、誰かから「ホームズのこんなグッズあったよ」とお土産とかでもらうのはめちゃくちゃ嬉しいです。あと、紙ものはギリギリ自分でオッケーにしていて。トレーディングカードとかポストカードとか、あとは紙じゃないけどクリアファイルまではセーフです。最近、『憂国のモリアーティ』(竹内良輔・構成/三好輝・画/集英社)関連で膨大にグッズが増えていて。特にミュージカルのブロマイドなんてものすごいことになっていますから、すべてを追いかけるのは無理ですね。何が出てるかもさすがにちょっとわからなくなりました。

——青山剛昌『名探偵コナン』(小学館)はホームズ関連本なんですか。

北原:全部ではないですね。たとえば、「コナンくん」という名前だけでオッケーにしていると、「じゃあ、赤川次郎さんの〈三毛猫ホームズ〉シリーズはどうなのか問題」が発生してくる。コナンくんは、ホームズ要素の強いエピソードがあるので、それは読んだり観たりしています。シャーロッキアンが出てくる回とか、ロンドンに行く回とか。原作はないですけど、映画の『劇場版名探偵コナン ベイカー街(ストリート)の亡霊』とか。そういうやつはちゃんと追っかけるようにしています。

——なるほど。シリーズでも全部じゃなくていいわけですね。「ホームズ要素がどの程度の濃度まであったら自分の守備範囲」というのを決めてる感じなんですか。

北原:そうなんです。だから『名探偵コナン』は飛び飛びの巻がうちにありますよ。

——ホームズ的なコスプレのキャラクターが出る作品もあるじゃないですか。そういったものはどうしてるんですか。

北原:自分の好きなものだったら買うことにしています。たとえば、施川ユウキ『バーナード嬢、曰く』(一迅社)にはシャーロッキアン的な話をするエピソードがあるので、全部買ってます。その辺は自分の中での切り分けかな。『SPY×FAMILY』は私は電書で読んでるんですけど、「アーニャがホームズの格好する回」がある巻だけは紙の本で買います。

——そういうルールなんですね。なんとなく見えてきました(笑)。

北原:マイルールですよ、完全に(笑)。

——それはまあ、1万冊行きますよね。

北原:ですねえ。登場キャラクターがホームズっぽい格好をして表紙に描かれてる場合とかは、気に入ってる作家とかだったら取っておきますけど、すべてを買ってたらえらいことになるので、そこまではしてないです。

——なるほど。かなり、ギリギリの線ですね。

北原:ギリギリの線です(笑)。私の場合、ドイルの移入史とか書誌研究的なところもやっているんで、ホームズ以外でもコナン・ドイルの古い翻訳が昔の雑誌に一篇だけ載っているというような場合は、ちょっと大枚はたいてでも買いますね。私よりも先に、新井清司さんというドイルの書誌研究家がいて、自分はその穴を埋めるぐらいのつもりでやっているんです。やはり、一人で全部カバーするというのは不可能なので、どうしても抜けは出るんです。

——今後のご予定をお聞きしたいんですが、シャーロッキアン関連のものはおありですか。

北原:直近ではないんですけど、村山隆司さんと共著した『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)は、もう1冊分くらいはやりたいですね。創作のほうでは、ホームズじゃないですけれども、ヴィクトリアンな短篇のほうをまたちょっと書くようになっていて。最近出た『幻想と怪奇 ショートショート・カーニヴァル』(新紀元社)の2冊目にも寄稿しています。よかったら、お読みいただければと思います。

——最後に、これから『ササッサ谷の怪』をお読みになる方に一言いただけますか。

北原:はい、コナン・ドイルの生涯が入っている、と言っても過言ではない本です。もしホームズ以外を知らない方が本書を手に取られたら、いい機会ですのでぜひ他のドイル作品も読んでいただければと嬉しいですね。

——シャーロッキアンになるにしろ、ならないにしろ、ですね(笑)。

■書籍情報
『ササッサ谷の怪 コナン・ドイル奇譚集』
コナン・ドイル(著)、小池 滋(翻訳)、北原 尚彦(編集)
価格:990円
発売日:5月22日
出版社:中央公論新社

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