男性から女性への戸籍上の性別変更、なぜ手術なしで認められた? 弁護士に聞く、その論点
──さきほどの5つの条件の中で、親子関係に関して混乱が生じないように設定されている条件もありましたが、今後手術なしでの性別変更が認められるようになると「生物学的に体は男性だけど、戸籍上は母親」というパターンも出てくる可能性がありますね。
そこについては、昨年10月の最高裁判決の中でも触れられています。2004年に性別変更の条件が定められてから、すでに1万人以上の方が性別変更の手続きを行なってきました。当然その中には、お子さんのいらっしゃる方もたくさんいます。しかし、それによって大きな社会的混乱が発生したという事実は認められません。20年間も性別変更の制度を運用しても混乱がないということが、最高裁判決の結論を導いた大きな理由の1つです。
──性別変更の条件について、不安視する声もあるようです。
それについては、最高裁判決に付け加えられた裁判官意見の中で触れられています。最高裁で法令違憲判決を出す際には15人の最高裁判事全員で構成される大法廷での判断が必要になりますが、昨年の最高裁判決は15人全員一致で「違憲」という判断でした。それに加え、個別の裁判官がさらに踏み込んだ意見を付け加えているのですが、公衆浴場やトイレ、更衣室といった場所に、異性の体そのままで入ってくる人がいるのではないかという声についてもある裁判官が触れています。まず、公衆浴場については、公衆浴場法という法律に基づき条例で諸々のルールが決まっており、それに基づき一般に浴室は男女で分かれています。しかしそれは公衆浴場を営む各事業者が決めることであり、法律で男女別でないといけないと決まっているわけではありません。男女別で分かれている場合でも、法律上の性別で区分されているわけではなく、外観の特徴に基づいて男女を判断しているわけです。性別変更に関する法的ルールが変わったからといって、公衆浴場におけるその区分ルールがただちに変更になるとは考え難い。さらに言うと、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせようとする人が出てくると想定すること自体が現実的ではない、というのが裁判官意見です。
トイレや更衣室については、そもそも他人に性器を見られるような場所ではありません。現状でもIDを見せてトイレを使ったりはしていないわけで、そうであればこれも性別変更の条件が変化することは関連性が極めて薄いという判断が裁判官によって示されています。
ーー過去のデータから見ても、今回の判決によって社会的な混乱が生じることはなく、あくまでも憲法に則った判断であると。
個人の人権を出発点として考える限り、昨年10月の最高裁判決や今回の広島高裁の判決の結果はごく妥当といえます。最高裁大法廷の15人全員一致で違憲判決が出されたこともそのひとつの表れです。
2004年の法制定当時とは、性同一性障害に対する医療処置のスタイルも変わってきていることも最高裁判決の中で触れられています。当時は、「軽いホルモン治療から始まって、段階的に外科的な治療に移行する」という段階的治療という考え方がスタンダードで、法律の5要件もその考え方に基づいています。でも今は、当事者の症状はそれぞれ多様であるとして、段階的治療という考え方は取られなくなりました。つまり、法律の根拠になっていた医療処置の前提が崩れている。性別違和に対する取り扱いは変化が非常に早い分野で、20年前の法律がすでに時代遅れになるくらいのスピード感があります。今回の判決はその変化を反映させたものといえます。