永遠のユートピア 『ぐりとぐら』が私たちに投げかけるものーー楽しいことだけが詰まった理想の世界
野ねずみの双子が活躍する絵本シリーズ『ぐりとぐら』の作者である児童文学者の中川李枝子さんが、10月14日に老衰で死去した。89歳だった。
1963年に発表された『ぐりとぐら』は、なぜ人々に愛され続けてきたのか。これまでに約2500冊もの絵本を読み、今年8月には絵本からイノベーションの発想を学ぶ書籍『えほん思考』(晶文社)を上梓した菊池良氏に、改めて『ぐりとぐら』の色褪せない魅力について寄稿してもらった。(編集部)
参考:『んぐまーま』『ピッツァぼうや』『ゴムあたまポンたろう』……菊池良が絵本から学んだこととは?
2200万部を超える”国民的絵本”
ぼくらの なまえは ぐりと ぐら
このよで いちばん すきなのは
おりょうりすること たべること
ぐり ぐら ぐり ぐら
1963年、その後50年以上にわたって長く愛されることになる絵本が誕生しました。『ぐりとぐら』です。文章を担当したのは中川李枝子さん、作画は山脇(大村)百合子さんです。
表紙には青と赤のオーバーオールと帽子をそれぞれ着た野ネズミが、大きなかごをいっしょに持っています。彼らはそのかごを持って森の奥に行き、どんぐりや栗を拾います。目的は「おりょうりすること」。そして、「たべること」。彼らは大きな卵を見つけると、それを使ってカステラを作ります。すると、美味しそうなカステラの匂いにつられて、森のなかの動物たちが集まってくるのです。
発行部数は、シリーズ累計で2200万部を超えるというのだから驚異的です。
プリミティブな楽しいだけの世界
『ぐりとぐら』の魅力とは、いったいなんなのでしょう? さまざまな観点から分析できますが、ひとつには、この絵本がプリミティブな欲求に貫かれているところにあります。
この絵本は野ネズミがカステラを作ります。「美味しいものを食べたい」。それは多くの人が持っている根源的な欲求です。
『ぐりとぐら』シリーズには複雑なストーリーはなにもなく、「作る」「食べる」「歌う」「遊ぶ」といったプリミティブな楽しさだけで構成されています。
その徹底ぶりは音にも現れています。冒頭に引用した文章を、声に出してみてください。
とてもリズミカルで、口にする楽しさがあります。
絵本は不思議な世界です。動物たちが歩いてしゃべっていても、読者はだれも気にしません。なぜか絵本には、説明も伏線もオチもなくても成立する魔法がかかっています。
しかし、こうも言えるのではないでしょうか? これが本来のすがたなのだと。