杉江松恋の新鋭作家ハンティング 無限の広がりを持った小説ーー田中空『未来経過観測員』
人間主義を基調にしていることが小説の性質を規定しているのかもしれない。あまりに予想外のことが起きるためにモリタは、未来経過観測という任務自体に疑問を持ち始める。彼に対してロエイは「やめてはいけません」と呼びかけるのである。なぜならば。
「なぜなら、この宇宙に人間という者たちがいたことを示すレポートだからです」
この一言に主題は集約されているように思う。世界に自分しか存在せず、誰ともわかりあえないという気持ちになることはあると思う。その孤独は、もしかすると解消されることがなく、未来永劫にわたって続くものかもしれない。ひどく寂しい。だが、少なくとも自分がいたということを示せれば、少なくとも世界とのつながりは断たれないのではないか。生の本質的な寂しさが物語の根底にあることを、作者は自覚しているように思う。
巻末の著者プロフィールによれば、田中はもともと漫画家・漫画原作者として活動していた人で、2023年に投稿サイト〈カクヨム〉に本作を発表して注目されるようになったのだという。物語の構成が切れ場と引きの技巧を駆使した造りになっているのは、発表媒体の性格に配慮した結果でもあるのだろう。新人賞を経ずにデビューした作家にまた一人、楽しみな書き手が増えた。田中空、注目していきたい。
巻末に「ボディアーマーと夏目漱石」という作品が書下ろしで収録されている。これがしみじみといい短篇だ。地球が壊れてしまい、生身を覆うボディアーマーなしでは人類が生きられないようになってしまう。そうした終末間近の世界を描いた作品だ。注目すべきなのは、これが読書についての小説になっていることで、ここでも人間の本質的な孤独が描かれている。最後に描かれる主人公のいる情景は読者の記憶に長く残るはずだ。