矢部太郎『プレゼントでできている』の創作秘話「タイトルに『ぼく』はもうつけたくない(笑)」
お笑い芸人・漫画家の矢部太郎氏が最新コミックエッセイ『プレゼントでできている』(新潮社)を刊行した。手塚治虫文化賞短編賞を受賞した『大家さんと僕』の大ヒットをはじめ、話題作を続々と発表してきた矢部氏だが、3年ぶりのコミックエッセイとなる本書のテーマはプレゼントだ。例えば、テレビ番組の企画で知り合ったモンゴル人にもらった絨毯、お笑い芸人の板尾創路氏や河本準一氏にもらった忘れられないプレゼントなど、矢部氏が実際にもらったちょっと不思議でユニークなものが取り上げられている。矢部氏は漫画を描いているうちに、人にもらったもので自分はできているという結論にいたったのだという。(篠原諄也)
ーー今回、プレゼントをテーマにしたのはなぜでしょう。
矢部:引越しなどで自分の持ち物を整理することがありますよね。そんな時に処分できるものと、処分できないものがあることに気づきました。そこで処分できないものは、他人からもらったものが多い気がしたんです。ありがたみがあったり、捨てたらまずいかなと負い目があったり。でも一つ一つを思い出も合わせて描いて漫画にしたら、供養や成仏のようなことができるんじゃないかと思いました。
ーー矢部さんにとって、プレゼントとはどういうものですか。
矢部:一般的にはお祝いごとや誕生日の時などに、相手に気持ちを込めて渡すものですね。僕自身もそうだと思います。でもプレゼントってなかなか難しいですよね。もしかしたら向こうはいらないんじゃないか、喜ばれないんじゃないかと思ったりして。考えすぎると、何もあげられなくなってしまいますね。
ーー矢部さんがこれまでにもらったプレゼントの中で、特に印象深いものはありますか。
矢部:この漫画を描くきっかけになった、モンゴルの一家からもらった絨毯でした。2000年頃にテレビ番組「電波少年」で、海外の言葉を勉強して現地の人向けにコメディショーで笑わせるという企画に出演していました。その中で、モンゴルで遊牧民の家族と一緒に住んで、言葉を勉強させてもらいました。
するとお別れの時に、絨毯をプレゼントしてくださって。遊牧民でゲル(組み立て式住居)で移動しているから、持ち物も最小限であるはずなのに、大事なものをわざわざくれたんです。そのことがずっと忘れられなくて。今も僕の家で使ってるんですけど、いつかお礼ができたらなと思っていました。でも、遊牧民なので住所も連絡先もわからない。この思いをどうしたらいいだろうと。
ーー何かお返しをされたいと思ったんですね。
矢部:プレゼントをもらうと、どうしてもお返しをしたくなる気持ちが生まれますよね。だからこの本もラストはどうにかモンゴルの人に会って、お礼をするストーリーにしたいと考えていました。
でもいろいろなエピソードを描きながら思ったのは、プレゼントは「一対一の関係でお返しをする」という閉じた関係にとどまっていないことでした。それを新たな別の人にあげていくことで、繋がっていくこともできるのではないか。プレゼントという贈与の大きな繋がりの中に自分がいるように思いました。
自分が誰かにもらったものって、やっぱりどこかしら心に残っている。それを意識することは、自分の輪郭をもう一度確認していく作業だと思うんです。そもそも、人は生まれた瞬間に命をもらう。それもひとつの贈与だと思います。そこから親からの無償の愛があったり、言葉を学んでいったりします。
ーー子どもの頃に教育を受けることも、ある種のプレゼントであると。
矢部:そう捉えると、もらった人に対して直接お礼ができなくてもいいのではないかと思いました。相手と死別してしまうことだってあるでしょう。だからモンゴルの一家の連絡先がわからず、申し訳ない後悔の念を抱くよりも、何か別のつなぎ方があるかもしれないと思うようになりました。
それで連載時は「プレゼントと僕」というタイトルだったんですが、単行本化にあたって「プレゼントでできている」に変更しました。自分自身がプレゼントでできているんだ、という気づきがあったんです。
ーー本書にはモンゴルだけでなく、アフリカのロケのお話もありました。何でもお金で買ってすぐ消費してしまう社会とはまた別の価値観が描かれています。
矢部:近代以降の資本主義社会は、すべてお金のやり取りになってしまっていますね。それよりも昔から贈与はあったと思うんです。アフリカで印象的だったのは、みんなが平等であることでした。リーダーもいなくて、男女の差もなくて。みんなで獲ってきた食物をちょっとずつ平等に分け合うんですよ。余剰分も獲らないようにしていました。今の時代には存続が困難である側面もあると思うんですけど。でもこういう社会があるんだという発見がありました。今の僕らがそっくりそのまま真似するのは無理だと思いますが、何かヒントがあるんじゃないかと。
それと別のロケでモンゴルに行った時に印象的だったのは、現地の幸運のアイテムであるオオカミの骨が、買うものではなく盗むものだとされていたことです。誰かのものを盗むことで、盗んだ人にも盗まれた人にも幸運が訪れるという考え方でした。ちょうど板尾さんとロケに行っていたんですが、そういう先輩芸人の方から芸や人間性を学ぶことが、その盗むことに似ているように思いました。そんなモンゴルやアフリカでの経験は、プレゼントについて考えるヒントになりましたね。
ーー矢部さんは板尾さんに突然、謎の手鏡をもらったエピソードが描かれていましたね。
矢部:一体何なのかわからないんですよ(笑)。日本からロケに出発する時、空港行きのタクシーを拾おうとしていました。急に「ああそうや」とその場にいた3人に手鏡を配ったんですよね。鏡だから「いらんわ!」とも突っ込めないじゃないですか。でもその後一切説明がなくて、あれは何だったんだろうと。でもその手鏡を捨てたことを漫画に描いたから、板尾さんには申し訳ないなと思って。なんで捨てちゃったのかな...。
ーープレゼントはミステリアスな側面もありますね。一体なぜ自分がこれをもらったんだろうと不思議に思ったり。
矢部:もらう側が勝手に想像してしまいますよね。特に板尾さんみたいな、多くを語らない方だといろいろ想像しちゃって。もしかしたらすごく大切なものなのかもしれないとか。金銭的な価値としては100円なのかもしれない。でもそこにお金に換算できない、自分だけの価値が生まれる。それを人と比べずに、自分にとって大切であるという風に考えてみる。そういう意味でも、プレゼントで自分ができているんだなと思います。
ーーお話をうかがっていると、プレゼントは奥が深いものだと感じます。他に作中で描かれていて印象的だったのは、「許し」もプレゼントなのではないかということでした。確かに自分が大きなミスをしてしまった時に、誰かに許してもらえると何かを受け取ったような気がしますね。
矢部:許すことはプレゼントとつながると思ったんですよね。人は生きていく上で、誰かにいろいろなことを許してもらっている。それを意識するかどうかはわからない。自分が常に正しいと思い続けることもあるでしょう。
漫画に描いたエピソードは、本当にとんでもない失態で......。僕が出演した舞台の上演中、自分の出番なのに楽屋にいたままだったんです。舞台は数分間、空白の状態になってしまった。もうとんでもないことだと思うんですよ。「もう二度と出ないでくれ」と言われるくらいのことなのに、関係者の方は「ちょっとひやっとしたけど、大丈夫です」ととても優しかった。そこで許してもらえたのは、本当にプレゼントをいただいたような気持ちになりました。
ーー本作はそんな矢部さんの日常を中心に描かれていますが、最後は雰囲気が打って変わって、戦争がテーマの作品で締めくくられています。
矢部:ある寓話のように描きました。電波少年でイスラエルとパレスチナに行って、それぞれの国でショーをやりました。そこでは隣国同士で互いに批判しあう状況を見ました。今の情勢は本当にひどい状況になっているので、余計に当時のことを思い出すんです。武器で攻撃をし合うのではなく、プレゼントを与え合うことはできないのか。平和というのは、許しあうことなんじゃないかと思うんです。
ーー今後のご活動の展望について教えてください。
矢部:プレゼントを描いたことで、自分のためじゃないことをしていきたいと思うようになりました。(過去作の)『大家さんと僕』とか『ぼくのお父さん』とか、すごい自分が! 自分が! ってしてるじゃないですか(笑)。もうこれを機に、タイトルに「ぼく」ってつけないです!.....いや、本当につけないかはわからないですけど、そういう気持ちを持って生きていきたいと思います。
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