麻布競馬場らがSNS世代の心臓を直撃! 平成初期生まれに刺さりまくるアンソロジー小説『#ハッシュタグストーリー』

SNS世代を直撃『#ハッシュタグストーリー』

 そして、本書のラストを締めくくるのは、木爾チレンさんの『#ファインダー越しの私の世界』という小説だ。私がとくに好きなのは、サブカル好きで「個性派」な自分にこだわりを持つ主人公が、鴨川で本を読んでいた男の子と「運命的な」出会いをする場面だ。

 これがまた、とんでもなく沁みるのだ。「他人と一緒でいたくない」という自意識を持て余した大学生のころを、否応なく思い出してしまう。

「てか君はなんで、鴨川で本なんか読んでたんですか」
 じわじわと空が白んできて、もうすぐ始発が動きはじめるというタイミングで、私は訊いた。
 そのとき、知らない男の子を、君と呼んでみたかった微かな夢が叶った。
 朝まで話し続けたのに、私たちはまだお互いの名前を知らなかった。同じような京都の賢くもバカでもない大学に通っていることも、同じ二十歳だということも。(169ページより)

 知らない男の子を「君」と呼んでみたいって!!! ああああ……!!! 身に覚えがありすぎて、自分のことかと錯覚するくらいだった。

 合コンなどのわかりやすい出会いの場で知り合って、「まあまあタイプだから」という冴えない理由で付き合うわけではなくて。「鴨川で偶然出会って、好きな映画と本の趣味が偶然同じで、運命的な出会いだとお互いに感じたから」、付き合う。そういう「運命っぽさ」をお互いが演出している部分には、目をつぶって。

 将来への不安などをかき消すように、「運命的で特別な恋」に縋ろうとする男女二人の姿には、ぎゅっと胸が苦しくなった。SNSの発展とともに青春時代を過ごした人には、ぜひ読んでもらいたい。

 さて、そんな『#ハッシュタグストーリー』だが、何が一番面白いのかといえば、自分の「黒歴史」を肯定できるところではないかと、私は思った。

 ニュース記事など、SNSにまつわるコンテンツは、どうしてもネガティブなものになりがちだ。SNS依存の若者たち、承認欲求をこじらせ過激な発信をしてしまう人、「インスタ映え」を気にしすぎて、写真を撮ることにばかり夢中になる哀れな姿。本当にそれでいいのか、SNSなんぞに頼らず、リアルな人間関係を培うことこそ、我々に本当に必要なことではないのか――云々。

 たしかに、そう言いたくなる気持ちもわかる。事実、私だって、ぼーっとスマホをいじって気がついたら3時間経っていた、なんてときはさすがにへこむ。

 けれどSNSに夢中になることで得られたものもたしかにあったのだと、本書を読んで、肯定できた気がするのだ。

 ポエム風なハッシュタグをつけまくっている同級生のインスタを心の中でバカにするわりに、自分だって、Twitterにさんざん病みツイートを投稿していたこと。「大丈夫?」というリプライが飛んでくるだけで、ちょっとだけほっとしたこと。

 今ふり返ると明らかに黒歴史だ。私も今回のレビュー記事を書くにあたって、興味本位で昔のアカウントを覗きにいったら、「うごぉぉ……!」と全身をかきむしりたくなるような、恥ずかしい言葉ばかりが並んでいて、文字通り目をおおってしまった。

 でも。

 でも、楽しかったよな、と思った。

 自分が何者かもわからない20歳の頃、自分の「しんどい」「この先、私どうなっちゃうの」という気持ちをインターネットの海に放流して、そのぶん、会ったこともない遠くの街にいる別の20歳の、「しんどい」という言葉を受け取って。

 私だけじゃない。この「しんどさ」に一緒に立ち向かっている誰かがいるというその事実だけで、私は救われていたのだ。

 『#ネットミームと私』、『#いにしえーしょんず』、『#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ』、『#ファインダー越しの私の世界』。この4編の小説を読み終わったとき、SNSの、顔も見たことない他人とつながれるわくわく感も、他人の目がいつも気になってしまうめんどくささも全部ひっくるめて、愛おしい、と思った。

 楽しい時代を私は生きた。それがゆえ、うんざりすることももちろんあったし、黒歴史を量産する羽目にはなったけれど。

 大人になると、クリーンな歴史だけを背負っているようなすまし顔で生きざるを得ない。でもたまにはこっそりこうやって、自分の黒歴史を愛おしむ時間があってもいいんじゃないか――。

 『#ハッシュタグストーリー』を読み終えたとき、そんな清々しさが胸に残った。同志がここにいる。そう感じることのできる一冊だった。

■書籍情報
『#ハッシュタグストーリー』
著者:麻布競馬場、柿原 朋哉、カツセ マサヒコ、木爾 チレン
価格:¥1,650
発売日:2024年2月21日
出版社:双葉社

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