『十角館の殺人』実写化報道、なぜミステリファンを驚かせた? 「例の1行」を書評家・千街晶之が考察 

『十角館の殺人』実写化での例の1行は?

■ミステリとしてのメインとなる仕掛けと映像化の問題

  2023年12月21日、ミステリファンの誰もが驚くような報せがネットを駆け巡った。綾辻行人の小説『十角館の殺人』(講談社文庫)が実写映像化され、huluで2024年3月22日に独占配信されるというのだ。

  『十角館の殺人』——それは、1987年に刊行された綾辻行人のデビュー作であり、後に「新本格」の名で定着した本格ミステリ復興のムーヴメントの先陣を切った作品でもあった。「週刊文春」が2012年に約500名のアンケートを集計した「東西ミステリーベスト100」の国内部門で8位に選出されるなど、今では押しも押されもせぬ名作の地位を獲得している。

  1986年3月、K**大学の推理小説研究会の一行が、角島という無人の孤島に建つ「十角館」に合宿のため滞在することになった。文字通り十角形をした「十角館」は、エキセントリックな建築家・中村青司が設計したものだが、彼は前年に角島で妻や使用人とともに謎の死を遂げている。そして、「十角館」を訪れた推理小説研究会の会員7人にも魔の手が迫る。

  一方、推理小説研究会の元会員・江南孝明は、前年に会員の中村千織が死亡した件に関する怪文書を受け取ったため、千織の叔父・中村紅次郎の大学時代の後輩にあたる島田潔とともに、真相の調査に乗り出す……というのが『十角館の殺人』の序盤であり、角島での連続殺人事件と、本土での江南・島田による調査とがパラレルに進行する構成になっている。

  アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』風の逃げ場のない孤島で相次ぐ殺人事件が醸し出すサスペンス、風変わりな館の魅力……といった要素があるにもかかわらず、この作品が今まで映像化されたことがなく、今後もされないだろうと誰もが思っていたのは、ミステリとしてのメインとなる仕掛けに、どう考えても映像化困難な要素が存在しているからである。

■『十角館の殺人』のこれまでのメディアミックスは?

 『十角館の殺人』のメディアミックスとしては、清原紘の作画による漫画版が既に存在する(2019〜2022年、アフタヌーンKC、全5巻)。江南孝明が江南あきらという女性キャラクターになっていたり、時代背景が1986年から2018年に変更されたり(そのため登場人物がスマートフォンを所持しているが、角島ではWi-Fiが飛んでいない設定になっている)、事件の原因となった前年の出来事が原作とは違っていたり……などといった改変はあるもののおおむね原作に忠実なコミカライズであり、「例の1行」の衝撃も漫画ならではの工夫により効果を上げていた。

  同様に映像化困難な綾辻の原作に挑戦したのが2012年のTVアニメ『Another』であり、原作のサプライズをアニメ独自の手法で再現していた。だが、その『Another』も、同年公開の実写映画版ではサプライズの部分は放棄されていた。『十角館の殺人』も、実写映像化するならば似たような壁に突き当たることが予想される。果たして、「例の1行」はどのように再現されるのだろうか。

■監督の内片輝は過去に綾辻作品を映像化

  今のところ出演者は伏せられているけれども、スタッフとして監督の内片輝、脚本の八津弘幸の名前が発表されている。かつて綾辻と有栖川有栖の原案による犯人当てドラマ「安楽椅子探偵」シリーズを7作撮った監督である内片からの映像化の申し出に対し、綾辻は「どうやって実写化するの? できるの? という疑念を、やはりまず抱かざるをえませんでした」というが、結局OKサインを出したからには、原作者として納得できる何らかのアイディアが提示されたものと推察される。

  思い返してみると、アガサ・クリスティーの某長篇や別の某長篇、麻耶雄嵩の某短篇、乾くるみの某長篇、東野圭吾の某長篇等々、映像化困難と思われてきたミステリ小説の多くが映画やドラマで実写化されてきた。小説でのみ可能と思われる仕掛けをどのようにして映像表現に置き換えるかという工夫が、原作の読者でも納得するほどの水準で凝らされている——ミステリの映像化は、今やそんな時代にまで到達しているのだ。ならば、実写映像化の最後の難関とも言うべき『十角館の殺人』がどのように仕上がるのか、これはもう大いに期待するしかないのである。

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