禿頭王・肥満帝・助平ジジイ……歴代ヨーロッパ王に付けられたあだ名がひどい
「こんな綽名の王様の家来は嫌だ」ランキングがあったら、上位に入りそうなのが「血濡れ女王」。イングランド女王・メアリー1世(在位 1553〜1558年)は283人ものプロテスタントを処刑したことから、この物騒な綽名がついた。だが同じ宗教改革の時代、メアリーの父でプロテスタントを支持したヘンリー8世も、カトリックに対して弾圧を加えていたわけで彼女だけが残酷だったわけでもない。なのに酷い綽名を付けられた背景を追っていくと、血濡れ女王に悪役を押し付けた黒幕の存在が見えてくる。
宗教改革と共に世界の歴史に大きな影響を与えた出来事といえる、大航海時代。そこで重要な役割を果たした「航海王子」ことポルトガル王子・エンリケ(生1394〜没1460年)は、自ら船に乗り込んで大冒険を演じたのかというと、さにあらず。船酔いが酷い体質のためほとんど海に出ることはなく、パトロンとなり造船所や天体観測所を整備するなど探検航海の事業化に尽力した。
「助平ジジイ」は、もはや「王」も付いていない潔さが、本書で紹介される綽名の中でも一際目を引く。生涯で50人以上の愛人と付き合ったというフランス王・アンリ4世(在位 1589〜1610年)は、この綽名に相応しい人物ではある。ただしフランス人はフランス史上屈指の名君である彼に対し悪意を持っていたわけではなく、その好色ぶりも容認しているが故の愛称だったらしい。
その人のキャラを知っていてこそ、綽名のニュアンスや面白さが理解できるというのは、今も昔も変わっていない。そこで馴染みの薄い昔の王様の生涯と人となりをコンパクトにわかりやすく伝え、〈王が「征服」したのは、自分の人生だったのかもしれない〉(「征服王」)など綽名について独自の解釈も加えながら、読み手の興味を惹きつけていく。そんな本書で展開される、著者の綽名語り芸は見事なもの。直木賞受賞作『王妃の離婚』(集英社文庫)をはじめヨーロッパを舞台とした歴史小説の多い、佐藤賢一作品の入門編としてもオススメできる一冊だ。