里崎智也に聞く、書籍『下剋上球児』の魅力「監督、選手、学校、地域が一丸で成し得た壮大な下剋上」
人気を博すTBS系列、日曜劇場の『下剋上球児』。鈴木亮平、黒木華らの安定した演技に加え、野球部員役の若手俳優らが回を追うごとに存在感を増し、無名高校が甲子園をめざすドラマは佳境に入る。
実は、この物語には菊地高弘著『下剋上球児』(カンゼン)という原案になったノンフィクションがある。現実にあった「下剋上」を題材にしているのだ。そこで、千葉ロッテマリーンズでキャッチャーとして活躍し、リーグ優勝なしに日本シリーズ制覇を2度も成し遂げ、「下剋上」を世に広めた張本人でもある里崎智也氏に、書籍版『下剋上球児』について、聞いてみた。
里崎の高校時代、特殊な徳島
――本書『下剋上球児』は三重県の公立高校である白山高校が、初戦敗退の常連から甲子園出場に至るまでを描いたノンフィクションです。そういえば、里崎さんも公立の鳴門市立鳴門工業高校(現、徳島県立鳴門渦潮高校)の出身ですね。
里崎:徳島は他の県から比べると特殊なんです。私立がほとんどないので、これまでも公立しか甲子園に行ったことがない県です。私立も視野に入れて進路を考える白山高校の生徒とはちょっと立場が違う。
――たしかに、鳴門工(鳴門渦潮)は何度も甲子園に出場している名門校です。
里崎:そう思われがちなのですが、僕たちの世代は強くなかったんですよ。僕は最後の夏、3回戦で7-0のコールドで負けてますから。しかも、トーナメント上、2回戦からだったので、勝ったのは1回だけ。そんなチームでした。
――それでも、甲子園はめざしてたんでよね。
里崎:当然です。いや、めざしていない高校球児がいるとも思えない。毎日練習しているチームは、全国のどこでも甲子園をめざしてますよ。もちろん、週2回だけ練習するとか、サークル的なところはそうでないかもしれない。でも、毎日のところは違う。横断幕とか出してないだけで、必ず「甲子園」と言っているはず。
――そんな高校球児時代、思い出は?
里崎:フツーに学校のグラウンドで毎日練習していましたね。
――ちゃんと専用グラウンドがあった?
里崎:田舎ですからね。土地はいっぱいある。専用グラウンドがフツーです。都会の学校みたいに、サッカー部や陸上部と場所でぶつかったりしない。だから、毎日、練習していましたね(笑)。
「下剋上」の発信元は里崎智也である!
――そんな高校球児から、帝京大学へ進み、さらにプロでも活躍されました。千葉ロッテマリーンズの正捕手として、2度も「下剋上」での日本シリーズ優勝を果たしていますね。
里崎:いや、「下剋上」と言っていいのは、僕は3位からのものだと思っています。2005年のボビー・バレンタイン監督との日本一は、2位からです。首位が「上」で、3位が「下」なら、2位は「中」ですよ。それは下剋上ではない(笑)。
――では、下剋上の思い出としては、やはり、2010年のものが大きい?
里崎:その前に声を大にして言いたいのは、「下剋上」というフレーズをスポーツ界に持ち込んだのは僕です! 2010年、クライマックスシリーズのファーストステージで西武ライオンズに勝った後のヒーローインタビューで「史上最大の下剋上を見せる!」と僕が言ったのがスポーツ界における「下剋上の初使用」です!
――そ、そうでしたっけ?
里崎:そうですよ。それまで、スポーツの世界で下剋上なんて言葉、誰も使ってません。僕は流行語大賞をねらっていたくらい。なのに、その年の特別賞は斎藤佑樹投手が早大卒業時に言った「持っている」ですよ。僕ももらっても、よかったんじゃないかと今でも思ってます(笑)
――……。あ、あれって、用意していた言葉なんですか?
里崎:いや、ヒーローインタビュー中に、パッと思いついたんです。瞬発力の言葉。でも、それも活躍したから言える。しなかったら、思いついても言うところがない。
――たしかに、終盤の同点打に翌日は同点本塁打。大活躍でした。
里崎:どうせ3位ですからね。失うものなんかない。言ったもん勝ちです。成し遂げれば、おもしろいと思ってもらえる。できなければ忘れられるんです。実際、2013年には「下剋上アゲイン!」と言ってみたんですが、負けたから、誰もおぼえていない(笑)。
――でも、下剋上の意味が変わったのはたしかですね。本来は「上がダメなら、とって代わってもよくする」という中世の価値観なんですが、それまでは裏切り者の同義語になっていたくらい。
里崎:でも、今は意味が変わりましたよね。下剋上をやっていいことになった。うん、今からでも流行語大賞受け付けますよ(笑)。
――いつか、希望が叶うとよいですね(笑)。でも、スポーツの世界では、可能性を感じるいい表現だと思います。
里崎:そうですよね。コピーライターさんにも、ほめられたことがある。そういう意味では、この『下剋上球児』も……。
――もちろん、里崎さんの思い付きのおかげかもしれませんね。
目標は誰にでもある。あっていい
――ただ、シーズンは3位でした。弱かったから3位ということになります。
里崎:そうです。弱かった。でも、だからこそ、負けても批判されません。気持ちの部分で違う。勝ったら儲けもんです。しかも、調子の問題もある。シーズン打率2割の選手でも4割打ったりするのが短期決戦です。
――そういうことで突破できる差なんですか?
里崎:アマチュア野球は強弱に大きな差があります。毎日やっているチームと、週2回のチームでは大きな違いになる。でも、僕たちはプロです。毎日、真剣にやっています。長いシーズンを戦えば差が広がりますが、根本的な能力差は少ない。だから、3連戦やれば、弱い方がひとつ勝てることも多い。
――著者の菊地高弘さんも、その意味のことは言っていました。野球はそういうことが起こるスポーツ?
里崎 僕が思うのは、白山高校が甲子園出場を果たした大会においては、実は下剋上じゃないように思っています。県内ベスト8くらいの実力はすでにあったように思います。
――たしかに、当時の下馬評でも、そこに至っていたとされます。
里崎:そう考えると、白山高校の下剋上は甲子園に行っただけの物語じゃない。受験や野球が上手にできなかった子の学校、そんな世間の見方や評価がある。それに対して、監督、選手それぞれ、学校、生徒、地域が長いスパンで下剋上をした物語に感じました。
――たしかに、白山高校はいい選手をスカウティングするようになっていました。ただし、トップの選手は来なかったそうです。
里崎:プロのドラフト1位が必ずしも活躍しないのと同じですよ。そこから先は個人の問題です。
――でも、ボーっとしている選手もいたそうですよ。
里崎:あのね、彼ら高校生です。そんなもんですよ。自分らもそうでした。所詮は子どもです。立派に見すぎですよ。
――やはり、彼らも強くなっていた?
里崎:僕たちプロの世界の下剋上と一緒。勝敗は紙一重のところまで、ちゃんとレベルアップしていたのだと思いますよ。「甲子園をめざす」ということをちゃんとしていた。
――たしかに「甲子園」を目標にするくだりはあります。
里崎:何かを一生懸命やっている人には目標があるものです。ないのがおかしい。発表する気がないマンガを描いていたって、そこには「おもしろいマンガを描く」という目標がある。別の分野もそう。賞レースに出なくたって、「それをやるのが好き」というのが、すでに目標なんです。高校生で野球やっていれば、「甲子園」はもちろんある。