『神様のカルテ』に次ぐ新たな代表作にーー夏川草介が『スピノザの診察室』で描いた命の在り方

夏川草介『スピノザの診察室』インタビュー

医者をやるために書いている

ーー『スピノザの診察室』は、『神様のカルテ』シリーズに続く、夏川さんの代表作になると思います。この後の構想はすでにあるのでしょうか?

夏川:はい。今回は読みやすい長さにすることを意識していて、全体のストーリーから完結して読めるものを抜き取ったところがあって。全体的な構想もあるので、時間を作って、少しずつ書き進めたいと思っています。

ーー楽しみです。『スピノザの診察室』は4章に分かれていて、“幸せとは?”という主題が形を変えて登場します。クラシックのフーガ形式を連想させる構成ですが、音楽はお好きなんですか?

夏川:とても好きです。以前、クラシックギターを習っていて、特にバッハが好きだったんです。主旋律が形を変えて繰り返し奏でられながら、どんどん変化していくのに、やっぱり最初の旋律はどこかでずっと聞こえてくる。そういう構成には小説を書くうえでも影響を受けているかもしれません。指摘されたのは初めてですが、確かにクラシックに似ていますね。

ーー最近は弾いていないんですか?

夏川:あまり時間がなくて(笑)。クラシックギターのほかにも、昔はピアノやフルートをやっていたんですが、今はちょっとピアノを弾くくらいです。でも音楽はずっと好きですね。

ーー夏川さんの小説家としてのスタンスについてもお聞きしたいです。『神様のカルテ』がベストセラーになったことで、小説との向き合い方はどう変わりましたか?

夏川:しばしば聞かれるのですが、特に影響を受けるようなことはないんですよ。「何万部売れました」と数字を聞かされても実感がないし、幸いにも患者さんは私が作家だということを知らないので。たくさんの人に届けばもちろん嬉しいですが、そのことで私自身が変わることはないです。あまり情報にも接しないようにしているんですよ。テレビは20年くらい見ていないし、新聞を読む時間もそれほどなくて。インターネットは使いますが、世間の情報には疎いと思います。

ーー小説を書くうえで、社会の出来事を知ることも必要なのでは?

夏川:ある程度は知ろうと努力していますが、あまりにも過激で極端な情報が多いし、医療に関する情報なんて、間違った内容がとても多いんです。何かを知りたいと思ったら、インターネットやテレビよりも専門書を読んだほうがいいと思っていて。そういうスタンスもずっと変わっていないです。

ーーなるほど。では、小説を書くという行為は、医師の夏川さんにどんな影響を与えていますか?

夏川:どちらかというと、医療で行き詰ったときや立ち止まったとき、壁にぶつかったときなどに、考えをまとめるための作業なんです。書くことで考えがまとまるし、自分の行動にブレがなくなって、患者さんとも上手く話せるようになる。小説を書いているからこそ医者ができているし、医者をやるために書いているという感覚が強い気がしますね。

ーー自分のためでもある、と。

夏川:そうですね。なので医療がすべて上手くいけば、書かなくなるかもしれないです。ただ、上手くいかないことばかりですからね。その都度、立ち止まって考えて、本を書く。その繰り返しですし、今回の『スピノザの診察室』は、医者としての20年で考えてきたことの現時点での答えだと思っています。「私はこういう考え方です」と明確に提示できるほどの哲学体系には至っていませんが、さらに先に行けるんじゃないかと。「幸せ」という言葉にはいろいろな意味や捉え方が伴っていますが、まずはシンプルに受け止めていただけたらいいなと思っています。

ーー次回作も楽しみです。ちなみに夏川さん、執筆時間はどうやって確保しているんですか?

夏川:30代の頃は夜、家に帰ってから必ず1~2時間書くと決めていたんです。今は体力が持たないので、月に何日か選んで、半日くらい集中的に書いていますね。入院患者さんを何人か受け持つと、基本的には休日がなくなるんです。4月から少しゆとりのある環境に移していただいたいので、こうして取材も受けられますし、これまでよりはじっくり書けるかなと思っています。

■書籍情報
『スピノザの診察室』
著者:夏川草介
定価:1,860円(本体1,700円+税10%)
発売日:2023年10月27日
出版社:水鈴社

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