【web漫画レビュー】ドラマ版も話題を呼んだ『初恋、ざらり』ーー「普通」が押しつける「生きづらさ」のリアル 

『初恋、ざらり』が描いたこと

 今の仕事には支障がないし、周囲に言う必要性を感じないので家族や仲の良い友人にしか明かしたことがないのだが、私はADHDで、二次障がいとして睡眠障がいや、時折軽いうつ状態になるので精神障がい者手帳を持つことが承認された。

 私の場合はADHDが苦手だとされるスケジュール管理やコミュニケーションが得意だということもあり、付き合いの長い友だちや仕事で会う人に指摘されたことがなく周囲には気づかれにくい。ただ整理整頓やものを決まった場所に置くのが苦手で、手先も非常に不器用なので、企業受付と総務業務を兼ねていたとき、総務業務がスムーズにできず自己嫌悪からうつを発症して退職した。ADHDの診断を受けたのはそれから10年後、つまり最近で、事務作業を素早くこなせない時など「努力していないだけ」と周囲に言われ続けていた。

 『初恋、ざらり』(ざくざくろ)の主人公である上戸有紗は25歳、軽度の知的障がい(IQ68、自閉症)があって療育手帳(知的障がいがある方に都道府県知事が発行する手帳)を持っている。ただ非常に軽度なので、周囲に気づかれにくい。今も、そしてこれからも。

 7月よりテレビ東京系でドラマ化されたことも記憶に新しい『初恋、ざらり』は、ピッコマ等で数話無料で読めるので、ぜひ有紗のことを少しでも知ってほしいと思い、この記事を書いている。

 私も有紗も、自分の生きづらさの理由がわかっている。その観点から『初恋、ざらり』をひも解いてみたい。

愛する人に伝えなければならない

 「障がいは個性」という言葉がある。もしそれが真実なら、有紗はどうして好きな人と相思相愛になってもなお苦しまなければならないのだろう。

 有紗は自分に知的障がいがあることを打ち明けられないまま、勤務先の配送センターで働く36歳の岡村龍二と付き合い始める。岡村は年下の可愛い彼女ができたと有紗に夢中になるが、有紗は「伝えなければ」と感じながら「伝えたらどうなるだろう」と悩む。

 ぱっと見て障がい者だとわからない有紗の困難が、有紗本人、そして岡村の目を通して描かれていく。私はADHDなので、IQも運動能力も健常者と同じで、だからこそ大学を卒業して自分に合わない仕事をするまでADHDの可能性があると自覚していなかったのだが、有紗は子どものころからわかっている。それでも「会って関係性を深めても相手は気づかない」有紗は、岡村にそれを明かすと拒絶されるかもしれないと恐れるのだ。どんなに軽度であっても、有紗の人生は障がいと共にある。

「何か知らないんだけど女の人に嫌われる」

 本作は、有紗の心の流れ、そして軽度の知的障がいからきていると思われる事象を丁寧にとらえている。私がそれを感じ始めたのは上の見出しにもあるとおり、「私何か知らないけど女の人に嫌われるんだよね」という彼女の心の声を知ったときだった。

 有紗の障がいは軽度であり、そのために彼女の持つ側面は誤解を招く。現実の世界では、時折、こんな言葉を耳にする。

「天然ボケを装う女ってみんな男に好かれるように計算してるんだよ」

 テレビで、本で、そして現実で、はっきりと物を言う女性は断定的な口調でこう述べるが、それに対して私は懐疑的である。20代のころ、役に立ちたいと必死で頑張ったのに失敗してしまったことに対して女性から「天然ぶってる」「男にアピールしてる」と言われた経験があるからだ。

 有紗も「常識を知らない」と思われてしまうことが多々ある。たとえば「AM/PM」の意味がわからない、頑張りすぎて大切な荷物を落としてしまう、「髪をくくってきて」と言われて後ろで一つにくくるとは思わず、ツインテールにしてきてしまう、体温調節が苦手なので暑さで倒れるといったことに苦労しているのだ。しかし勤務先のほとんどの女性は、有紗に障がいがあると知った後もそんな彼女を冷たい目で見る。

 若さと有紗の愛らしい外見が彼女を「天然ボケのぶりっ子」に見せているのだろう。頑張りたい、役に立ちたい。そう思えば思うほど、失敗してしまい誤解される有紗の苦しみは、多くのぱっと見ただけではわからない人たちの苦しみに似ているはずだ。彼女は、努力しているのだ。決してだれかに媚びているわけではない。

もし恋人に知的障がいがあると知ったら

 可愛くてピュアな年下の彼女ができたと喜んでいた有紗の彼氏・岡村は、有紗に「知的障がいがある」と打ち明けられた後も交際を続けていて、彼女の困難を理解しようと努めている。しかし岡村の胸のうちを知る読者にとって、ふたりの関係性は、岡村が有紗の障がいを知る前と同じようには見えない。彼女ができた喜びは明らかに薄れていて、有紗に気を遣う様子からは岡村の善良さはうかがえるが、フラットな彼氏彼女の関係ではなくなったように思える。

 そして有紗と岡村の歩む道の先には、さまざまな困難が待ち受けている。理解できていない有紗の同僚からのクレームに岡村が対応すると「ひいきしてる」と陰で言われる。

 胸に迫るのは、岡村の両親に有紗が岡村の彼女として会ったときのエピソードだ。このくだりは、岡村の戸惑いと有紗の一生懸命さがすれ違っていく大きな局面でもある。

 一方、有紗の母親は娘に冷淡であり良い母親とは言い切れないのだが、岡村と有紗が付き合っていることを知って、ふたりを待ち受ける困難をいち早く見抜いたのも彼女だった。岡村には「有紗が若いうちだけ付き合って年取ったらポイするつもりじゃないでしょうね」と軽い調子で釘を刺し、有紗には「二人で生活してるんだから寄っかかるんじゃなくて支え合うの」と諭す。有紗の母親は、ずっと有紗といたからこそ岡村と有紗の関係性をもっとも客観的に見ることができる存在なのだ。

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