京極夏彦、17年ぶり百鬼夜行シリーズ『鵼の碑』は破格の作品だーーじわじわと不安を持続させる832頁
全体的に会話主体の内容なのである。その点は、『書楼弔堂』シリーズにノリが近いかもしれない。本作では、現在よりも過去の出来事の方に物語の力点があることが、そうさせているのだろう。17年ぶりの新作にしては、派手さがないと感じつつ、会話の間の妙、相変わらずの語り口のうまさに魅かれて読み進めた。
『平家物語』などにも登場する鵼・鵺は、異なる種類の動物をつぎあわせたような姿だとされる。物語の内容を象徴する妖怪に応じて本書は、「蛇」、「虎」、「狸」、「猿」と名づけられた章が、代わる代わる出てくる構成をとっている。
それぞれ部分しか見えていない人々は、全体を知らず、不安や誤解をひたすら膨らませていく。途中からは過去の出来事と関係の深い人物が現れ、「鵺」の章の視点となる。だが、別々の謎を追っていた人々が合流してからも、中禅寺が憑物落としに立ち上がる「鵼」の章まで、全体の真相は明らかにならない。
その真相には、唸った。とらえどころのないものだけにいくらでも不安になりうるし、いいように解釈すれば楽天的にもなれるそれが、複雑な事態の中心にある。まさに「鵼」のごときものであり、1954年を舞台とするのにふさわしい題材だ。戦前に始まり、戦後から9年の作中の現在を過ぎても、この今まで続き、未来になお引きずる大きな問題である。なのに、派手ではないエピソードの散発として物語が始まっていたことが、読後にはむしろ不気味で恐ろしく思う。そのような小説だ。
これほどの本の厚さを使って“じわじわ”と不安を持続させる大胆さは、百鬼夜行シリーズならではのものだろう。破格の作品であった。