京極夏彦、17年ぶり百鬼夜行シリーズ『鵼の碑』は破格の作品だーーじわじわと不安を持続させる832頁

京極夏彦『鵼の碑』は破格の作品

 京極夏彦の百鬼夜行シリーズの『鵼の碑』(ぬえのいしぶみ)が、ついに発表された。なんと17年ぶりの新作である。この期間に『百鬼夜行 陽』(2012年)、『今昔百鬼拾遺 鬼』(2019年)など、同シリーズの短編集や外伝的長編は、複数刊行されていた。しかし、古本屋を営むとともに陰陽師の拝み屋でもある中禅寺秋彦が活躍するシリーズの本筋である長編の新作は、『邪魅の雫』(2006年)以来となる。同作刊行時、次作のタイトルは『鵼の碑』とすでに告知されていたのだから、ずいぶん長く待たされたものだ。

 1954年(昭和29年)の物語である。榎木津礼二郎が開いた薔薇十字探偵社で仕事する益田龍一は、勤め先の薬局の主人・寒川が失踪したので捜してほしいと御厨冨美から依頼される。寒川は、20年前に日光で事故死した父について調べていたらしい。日光から一度戻った際に彼は、「碑が燃えていた」と謎めいたことをいったという。

 一方、日光に逗留中の劇作家・久住加壽夫は、ホテル従業員・桜田登和子から、かつて父を殺したと打ち明けられたと、作家の関口巽に話す。

 榎木津の幼馴染で、戦時中の軍で関口と同じ部隊にいた刑事・木場修太郎は、先輩刑事が過去に遭遇した3人の死体が消えた事件の真相を探ることなる。事件の背後には、公安の影がちらつく。

 その頃、中禅寺は、日光で発掘された古文書の鑑定にあたっていた。

 並行して進むこれら複数のストーリーは、やがて日光で交差し、いつもの百鬼夜行シリーズのように屋号の「京極堂」が通称になっている中禅寺がもつれた謎を解き、真相を開示する。

 百鬼夜行シリーズでは、冒頭で書名となった妖怪を説明する古文が引用され、本に江戸時代の絵師・鳥山石燕が描いた妖怪画が挿入される。民俗学をはじめ多くの学問に精通する中禅寺は、膨大な知識を自在に操り、謎を合理的な解決に導く。ミステリ小説における探偵役である。ただ、武蔵晴明神社の宮司であり陰陽師でもある彼は、不可解な謎を妖怪に見立て、「憑物落とし」と称して事件を落着させるのだ。

 「この世には不思議なことなど何もないのだよ」

 その決めゼリフとともに、事件の関係者を呪いのごとく縛っている思いこみを解きほぐしていく。

 『鵼の碑』では、中禅寺、関口、榎木津、木場、益田など、シリーズに登場した主要キャラクターの多くが参集するとともに、『巷説百物語』や『書楼弔堂』といった京極のほかのシリーズと百鬼夜行シリーズのリンクを示唆するところもあるなど、ファン・サービス的な部分も含む。その意味では、久しぶりの新作発表の“お祭り感”もなくはない。

 とはいえ、『鵼の碑』の前半は不可解な出来事が散発するものの、『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ。1994年)の20ヵ月も赤ん坊を身ごもり続ける妊婦、『魍魎の匣』(1995年)の小さな匣に詰められて「ほぅ」と鳴く娘、『狂骨の夢』(1995年)の殺しても何度も戻ってくる夫などに匹敵するほどの奇っ怪なイメージは出てこない。

 また、『鉄鼠の檻』(てっそのおり。1996年)の閉鎖的な禅寺で相次ぐ僧侶の死、『絡新婦の理』(じょろうぐものことわり。1996年)の目潰し魔と絞殺魔の暗躍など、殺人事件が現在進行形で連続し、周辺人物があわてふためくわけでもない。他人の記憶が見える特殊能力を持ちつつ傍若無人な言動を繰り返す榎木津や武骨な刑事の木場は、シリーズのなかで行動派のキャラクターだが、新作では彼らのアクションが抑制された印象を受ける。

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