鈴木涼美が振り返る、2000年代初頭の若者文化 「退廃的だった青春をなかったことにはしたくない」
なんとなく大丈夫だろうと思っていた
ーー2011年には震災もありましたし、SNSも一気に普及して、明らかに若者たちの意識も変わったように思います。鈴木:そう考えると、2000年代は結構貴重な10年でした。SNSでみんなの自意識が可視化される前だったから、ブラックボックスの中でそれぞれに幻想を抱く余地があった。若者たちの意識は今ほど高くはなかったけれど、一方でカッコつけて分厚い本を読んでみたりして、どんなに青臭くても自分なりに考えようとしている人も少なくなかったと思います。
少し前にとある大学のゼミ合宿に参加したんですけれど、今の若い子はあまりお酒を飲まないし、夜中に抜け出して悪いこともしなければ、文学系のゼミなのに全然本も読んでいなくて、ずっと部屋でサッカーゲームをしているんですよ。すごく素直で良い子たちで、頼めばなんでもやってくれるけれど、どこかポヤンとした感じ。わざわざ退廃的になる必要はないんだけれど、私たちの頃とは明らかに違うんだなと思いました。
ーー2000年代に青春期を過ごした若者には、氷河期世代に当たる層もいますが、当時はまだ自分たちが割りを食っているとは思いもしなかったでしょうね。
鈴木:最近になって山上徹也容疑者とか、悲痛な人生を歩んだ挙句に犯罪者になった人にスポットが当たることが増えてきましたけれど、当時はまだ経済的には円高だし、日本は生きやすい国だと捉えていたと思います。当時、やんちゃな生活をしていた若者たちにも、自分たちが負け組だという意識はなくて、だからこそ「デリヘルでもやって荒稼ぎしようぜ!」という短絡的な発想ができたんだと思います。
ーー『浮き身』にはデリヘルのホームページを作っているメンバーもいましたが、それが象徴するように、当時はインターネット・バブルもあったし、学歴がなくてもパソコンさえ使えれば、社会の中に居場所を作ることができました。そういうところも楽観につながっていたのかもしれません。
鈴木:みんな、なんとなく大丈夫だろうと思っていたんでしょうね(笑)。いつもそうだけれど、私の小説に大それた主張はないんです。だけど時代、年齢、場所という偶然がすべて重なってああいう空間があったわけで、そこには私も含めてダメな人しかいなかったけれど、私にとっては尊い時間でした。昨今の価値観にはそぐわないものでも、なかったことにはしたくなくて、小説にしたんです。それに、あの時代をこんな風に描いた小説は意外とない気がして。おしゃれなスポットも猥雑な繁華街も一箇所にぎゅっと集まっている横浜から、ぽかんと宙に浮かんでいたあの部屋は、めちゃくちゃだったけど居心地は悪くありませんでした。
■書籍情報
『浮き身』
著者:鈴木涼美
発売日:2023年6月29日
価格:1,650円
出版社:新潮社