鈴木涼美が振り返る、2000年代初頭の若者文化 「退廃的だった青春をなかったことにはしたくない」

鈴木涼美、00年代を振り返る

意味のある逸脱ではなかった

ーー溜まり場に集まるという感覚は、その頃はごく普通にありましたが、最近はどうなんでしょうか。路上でタムロしたり、友達の先輩の家に遊びに行ったりとか、10~20代くらいの頃はよくありましたが。

鈴木:男の子の場合だと、溜まり場文化はもっとポピュラーでしたよね。実家に離れ屋があったり、親があまり家にいないなどの環境だと溜まり場になりやすい(笑)。みんなで溜まって、別に何をするというのでもなく、酒を飲んだりタバコを吸ったり悪い遊びをしたりする。でも、最近の若者はどうなんですかね? 新大久保や原宿を見ていると、若い女の子はたくさん見るんです。でも、かつて竹下通りやセンター街にタムロしていたような男の子は全然見かけなくなりました。トー横界隈とか、溜まるところには溜まっているんでしょうけれど、特にコロナ禍以降は同世代と溜まって遊ぶ文化自体が減っているような印象があります。

ーー2000年代初頭は良くも悪くも、まだ街に猥雑さが残っていた時期で、溜まりやすい環境だったのかもしれません。

鈴木:そうですね。街中で普通に脱法ドラッグが売られていたし、そういうもので共犯関係を結ぶ若者も多かったと思います。『浮き身』の主人公も、溜まり場にいる理由が特にないから、薬物を摂取して仲間意識を持とうとしているところがある。その結果としてグチャグチャになってセックスされちゃうんだけれど、性的に搾取されたという意識はどこか希薄です。これをノンフィクションで書いてしまうとシリアスになってしまい、被害者意識が強く出てしまうと思いますが、実際の当事者の感覚としては結構どうでもよかったことで、良い思い出ではないものの青春の一コマではありました。小説は、そういう曖昧な感覚を表現するのにも向いていると思います。

ーー当時はあまり大義名分もなくただ快楽を貪るような享楽的な価値観が、一部の若者の間にあったと思います。ヒッピー的な思想とか、パンク的なスピリッツなどがあったわけではなく、単に気持ちいいからやっていたというか。

鈴木:少なくとも私の周辺は思想などは全くなかったですね。反権力を気取っていたわけでもなく、むしろ先輩後輩の関係を守るみたいな保守的な価値観さえあった。みんな、ただ単にちゃんとしたくなくてダラダラしていただけで、意味のある逸脱ではなかった。振り返ってみると、それこそが2000年代的な若者の感覚だったのかもしれません。例えばヒップホップの人たちは何かしらのステートメントがあった方がクールだというので、反戦的な言葉を紡いだり逆に右傾向化したりもしていたけれど、『浮き身』の登場人物たちのようなタイプには、政治的主張など本当に何もない。ただトランスを聴いてトリップしてセックスするだけ(笑)。

ーー時代的な背景としては、何が彼らをそうさせたんだと思いますか。

鈴木:『浮き身』の時代設定となっている2003年は、90年代が終わった後の宙ぶらりんな時代という感じでした。90年代はギャル文化に勢いがあって、CDのセールスも最高潮で、安室奈美恵や浜崎あゆみのようなカリスマがいたけれど、2001年にアメリカ同時多発テロがあって、歌舞伎町ビル火災があって、少し空気が変わりました。でも、2011年の東日本大震災はまだ先で、SNSもなかったから、若者たちはまだ夢をみることができたし、今ほど現実的で安定志向があったわけでもありませんでした。だからこそ『浮き身』の主人公も、モラトリアムな時期を怠惰に過ごすことができたのでしょう。

 2000年代半ばになると、エビちゃん(蛯原友里)みたいに男性受けも女性受けも良くて、会社にも通いやすいファッションが主流になっていくけれど、それでも今ほど安定志向ではなかった。多分、日本がどんどんおかしくなっていくんだという悲壮感はまだそれほどなくて、ある意味では楽観的だったのかもしれません。キャバ嬢も2000年代初頭はまだ派手なドレスを着ていて、そこから段々とミニワンピみたいな服装になっていくんですよね。

ーー2003年から歌舞伎町浄化作戦などが行われるようになり、表面的にはどんどん社会がクリーンになっていった印象があります。

鈴木:そういった流れも次第に若者が安定志向になっていった理由の一つかもしれませんね。歌舞伎町浄化作戦が行われてからは、街中のスカウトも一気にいなくなって、ホストクラブの深夜営業もできなくなりました。物語の舞台となっている横浜は、まだ猥雑なものが街に残っていたと思います。

 もちろん、治安が良くなることは悪いことではありませんが、すべてが浄化されて汚いものが見えなくなってしまうのも、ちょっと怖いなと私は思うんです。暴力や死から遠ざかりすぎると、かえってその怖さがわからなくなるというか、人が残酷になってしまう気がして。『浮き身』で描かれているような青春は、基本的にダメなもので人に勧められるようなものではないけれど、お酒を飲みすぎると苦しいんだとか、人を殴るとこんなにダメージがあるんだとか、セックスばかりしていると病気になるんだとか、痛い目にあって学ぶこともあると思うんです。

ーー風俗嬢に本番行為を強要した男をシメに行くシーンとか、すごくリアルでしたね。主人公は面白そうだからついていって、男たちと一緒になって相手を罵倒したりするんだけれど、結局ビビらせるだけでそれほどの危害は加えないという。

鈴木:そう、不良が相手をボコボコにすることは、実はそこまでないんですよ。相手は一般人だし、やり過ぎると大変なことになるのはわかっているから、ちゃんと手加減もする。ビビらせるのが目的だから、チャイナカラーのスーツとか着ていったりするんですよね(笑)。まったく褒められたことではないけれど、少なくとも痛みの感覚は知っていたのかなと思います。

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