短歌の未来を拓く、新時代の歌人・伊藤紺「メジャーな文化になればもっと面白くなるかもしれない」

短歌の未来を拓く、新時代の歌人

 現代の短歌ブームを語るのに欠かせない歌人、伊藤紺氏。“フラれた日よくわからなくて無印で箱とか買って帰って泣いた”――歌から思い浮かぶ情景に、共感する人が続出している。2016年より作歌をはじめ、2022年には、入手困難となっていた私家版歌集『肌に流れる透明な気持ち』『満ちる腕』の新装版が短歌研究社より発売。2023年1月には、新宿駅直結の短歌の未来を拓く、新時代の歌人・伊藤紺「短歌がメジャーな文化になればもっと面白くなる」複合施設「NEWoMan新宿」で特別展示「気づく」が開催されるなど、現代短歌の最前線で活躍する。

 リアルサウンドブックでは、そんな伊藤氏のインタビューを2回に分けて掲載。インタビュー後編では、歌人活動を続ける中で彼女が感じている短歌の面白さと、さらなる短歌の発展のために考えていることを聞いた。

前編のインタビュー内容はこちら

短歌の未来を拓く、新時代の歌人・伊藤紺「短歌との出合いが自分をクリアにしてくれた」

三十一文字(みそひともじ)で日々の些細な出来事を綴る短歌が、ブームとなって久しい。短い文章で簡潔に、かつ頭に残るフレーズという点…

妥協しないで言葉と向き合いたい

――伊藤さんの短歌を読ませていただくと、日々の何気ない情景が思い浮かんでくることが多いです。どのようにして一首が生まれているのか、具体的に教えていただけますでしょうか?

伊藤:ふと意識した感情やイメージ、フレーズをメモして、そこからつくることが多いですね。そういう最初の言葉が生まれるのは、近所をふらふら散歩しているときか、誰かと飲んだ次の日みたいな、何でもない時間が多いかも。そこにどんどん案を書き連ねていきます。書いているうちに全然内容が変わることもあって。昔は100案くらい書いていたけど、最近はそこまで書かなくてもたどり着けるようになってきました。

 どんなに良いアイデアで、どれだけ時間を費やしても、しっくりくる歌にならなければ当然ボツなので、何事もそうだと思いますが、根気のいる作業です。

――ぽんっと放たれた言葉のように見えて、裏側では何度も言葉を紡ぎ直されているのですね。

伊藤:そうですね。でもそうできるのが、短歌の良いところでもあって。例えば、その場に適した言葉を瞬時に口に出せる人もいますよね。私はそれが下手で慌てて頭の中で言葉を漁った結果、妙に気まずい一言を放ってしまうタイプなので、たった31字で何度でも書き直せる短歌は向いているなと思います。

 歌が完成して、「これが言いたかったんだ」ってわかるとうれしい。妥協しないで言葉と向き合っていい環境がありがたいです。必ず完成にたどり着けるわけではないので、完成すると安心する気持ちもあります。そうして自分がつくった短歌に誰かが共感してくれたりするのも、やっぱりうれしいですね。

――伊藤さんの歌には固有名詞がよく出てくる印象があります。

伊藤:おそらく現代短歌の特徴でもありますよね。私もたしかに「無印」や「ドトール」「TSUTAYA」など、誰もが知っている固有名詞をたびたび使ってきましたが、便利な反面、難しいなとも思う。最近は使う頻度が減ってしまいました。

――そうなんですね。現代短歌が若者の間で流行っているのは、固有名詞が共感を生んでいる部分にある気がしますが、どうして減らされたのでしょう?

伊藤:馴染みのある固有名詞が登場するだけで、一気に歌の世界に入っていきやすくなりますよね。その一言で色や光の感じ、雰囲気も一気に想起させられる。でもだからこそ強すぎて歌を食っちゃうときもあるし、無駄に俗っぽくなりすぎるときもある。それから、自分の中でイメージが偏りすぎているとギャップが起きやすくなります。

 例えば、数十年前によくファミレスに行っていた人が使うファミレスの名前は、今と全然違うイメージが込められていそうですよね。それはそれで、その人の年齢や他の歌も含めて読めばいいのかもしれないですが、普遍性はどうしても弱まる。読み手を選ぶかなと。便利な反面、齟齬(そご)が生まれる場合があるので、私自身は書いてもしっくりこなくて消してしまうことが増えました。

――なるほど。妥協しない言葉選びにおいて、あえて言葉を削ることも大事な判断ですよね。

年齢と経験を重ねて心と身体が一致してきた

伊藤:最近、すごく調子が良いんですよ。もともと2週間に一首しか書けないくらい作歌ペースが遅かったのが、先月は、1カ月で30首も書いていて。もちろん全首がいい歌なわけではないですが、今、短歌をはじめた頃以上に、短歌をつくるのが楽しいんです。

――おぉーっ、すごいですね。何かきっかけがあったんですか?

伊藤:うーん、ある程度年齢と経験を重ねて、心と身体が一致してきたというか。短歌を書いていて、言いたいことを表現するのにしっくりくる言葉が出てくる確率が、格段に上がった気がするんですよね。

 今年ちょうど30歳になるのですが、自分のことをよくわかっていなかった20代前半までと比べると、だいぶ靄が晴れてすっきりしてきたのかもしれません。自分が納得できる“いい歌”が生まれやすくなってきました。

――良い変化ですね。となると、生まれてくる短歌も違ってくるものなのでしょうか。

伊藤:読み手からすると、そんなに変わらないんじゃないかなと思います。打率が上がっただけで、書きたいこと自体に大きな変化はないので。ただ、表現としての精度は上がっているんじゃないかな。次に新作をまとめて発表するとき、どんな反応をいただけるか楽しみです。

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