短歌の未来を拓く、新時代の歌人・伊藤紺「短歌との出合いが自分をクリアにしてくれた」

短歌の未来を拓く、新時代の歌人

 三十一文字(みそひともじ)で日々の些細な出来事を綴る短歌が、ブームとなって久しい。短い文章で簡潔に、かつ頭に残るフレーズという点で、SNSとの相性もいい短歌。ツイッターで「#tanka」と検索すると、プロアマ問わず、日々たくさんの歌が投稿されていることがわかる。

 そんな現代の短歌ブームを語るのに欠かせない歌人が伊藤紺氏だ。“フラれた日よくわからなくて無印で箱とか買って帰って泣いた”――歌から思い浮かぶ情景に、共感する人が続出している。2016年より作歌をはじめ、2022年には、入手困難となっていた私家版歌集『肌に流れる透明な気持ち』『満ちる腕』の新装版が短歌研究社より発売。2023年1月には、新宿駅直結の複合施設「NEWoMan新宿」で特別展示「気づく」が開催されるなど、現代短歌の最前線で活躍する。

 今回、リアルサウンドブックでは、新企画に向けて絶えず作歌に取り組む伊藤氏を直撃。インタビュー前編では、短歌に出合い、歌人として活動をはじめるまでの経緯を聞いた。

何もできない自分に焦っていた

――伊藤さんが短歌に出合われたのは、大学4年生の頃、たまたま手に取られた俵万智さんの『サラダ記念日』がきっかけなんだとか。それ以前は、何に興味を持たれていたんですか?

伊藤:中学から音楽が好きになって、高校、大学と、ベースを弾いていました。特に高校時代は、軽音部でライブを企画したり、他校の子とバンドをやったり。変な人たちばかりで、とにかくいろんなことをして絶え間なく遊んでいた気がします。

――活発な学生さんだったんですね。

伊藤:当時はとにかく自信とエネルギーがあって、「自分はすごい」「きっと大物になる」と心から思っていました。大学に入ったあたりから、風向きが変わっていくんですけど……。

――というと?

伊藤:うーん、まず大学受験に失敗しました。全然勉強していなかったので当然なのですが、自信に満ち溢れていたので「失敗って本当にするんだ!」と驚いて……(苦笑)。

 大好きだった音楽も、周りの才能とか熱量を思うとだんだん引け目を感じるというか、のめり込めなくなってしまって。勉強をがんばろうと思っても、朝起きられないし、課題も締め切りまでに提出できないし。飲み会に行ってもしゃべるのが下手で、思っていることをうまく伝えられないし、面白い話もない。「あれ、私ってこんなに何もできない?」って、「自分はすごい」と思い込んでいた時代とのギャップを感じるようになりました。

――大学に入ると、一気に人間関係が広がりますからね。自分と周りを比較して落ち込んでしまうのもわかるような気がします。

伊藤:「本当はもっとできるはずなのに」って、何もできていない自分に焦りを感じていただけで、自信を失くしたわけではないんです。「なんでこんなにできないんだろう」「逆に何ならできるんだろう」と、常に自分自身について考えていました。

――将来について考えはじめる時期でもあると思います。当時は、何になりたいと思っていらしたんですか?

伊藤:最終的に広告業界を目指していました。教育や福祉について学ぶ中で、思い込みやイメージの問題で必要な進化が妨げられているケースって多いんじゃないかと思うようになって。世の中に進化を無理強いするのではなく、「ああ、こういう価値があるんだ」って明るい気づきをぽんっと提示できたらいいなと。そういう力を広告の考え方の中で学べるかもって思っていたんです。今思えば未熟でしたが……。

短歌との出合いはふとした瞬間に

――そんな中、大学4年生で『サラダ記念日』を手に取られたのはどうしてだったのでしょう?

伊藤:学生の頃、国語の教科書に『サラダ記念日』の歌が載っていて。“「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日”――大学4年生のある日、なぜかその歌を、ふと思い出したんです。その日のうちに本屋に寄って、『サラダ記念日』と穂村弘さんの歌集『ラインマーカーズ』を買って帰りました。結果的に、それが短歌への入り口になったんです。

――ふと過去を思い出すことは誰にでもあると思いますけど、今につながる短歌との出合いが、そんなにひょんなものだったとは(笑)。

伊藤:もっと運命的なエピソードだったら良かったのですが……。でも、改めて『サラダ記念日』を読んで、短歌って面白いなあと思いました。例えば、“愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う”という一首。この人の気の強さとか、感情の勢いが下の句のリズムや響きに表れている。

 その後、ツイッターで知った佐藤真由美さんの歌集『プライベート』を買って読んでみたら、それもまた面白くて。「私も短歌を書いてみたいかも」と、わりと軽い気持ちで作歌をはじめ、つくった短歌をツイッターや「うたよみん」という短歌アプリに投稿するようになりました。

――「自分に何ができるんだろう」と思われていたタイミングで短歌に出合って、「これだ!」みたいな感覚はあったのでしょうか。

伊藤:ありました。ただ、短歌に限った話じゃないです。面白そうだと思ったら、その分野に「才能があるかも!」って、わりと何でも挑戦してきたので。音楽もそうだし、絵を描いたり、ブログを書いたり……いろいろやってきたうちの一つに短歌があって、それが続いただけだと思います。

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