尼崎出身の現代美術家・松田修のスラム芸術論 「エンタメ的に消費されてもいいから、観る人、読む人の心を一瞬でもつかみたい」

現代美術家・松田修のスラム芸術論

とにかく個人の思いに嘘をつかずにやる

ーー生き生きとした描写ということでは、松田さんが15歳のときに経験した阪神淡路大震災のエピソードも印象的でした。避難所での“おっちゃん”たちのエピソードがとにかく強烈で。

松田:僕も多感な時期だったし、不謹慎ですけど、楽しい思い出でもあるんです。とにかく「学校がしばらくない」というのがうれしくて。今振り返ると「もうちょっと勉強しておけばよかった」「諦めるのが早すぎた」と思うんですけど、当時の僕には、学校に行く意味ってほとんど感じとれなかったんで。イヤでしょうがないんだけど、「一応、出とくか」みたいな。それもよかったんですけどね、今思うと。面白くないほうが文句も言いやすいし(笑)、自分で面白いことを考えるようになるので。学校が面白くないほうが、自立できる。

ーー面白くない状況、過酷な状況を面白くするという発想は、現在の松田さんの活動にもつながっているかもしれないですね。ダウンタウンもそうですけど、スラムからの一発逆転というか。

松田:僕はそういう感じでもないと思ってるんですけどね。たとえば「BREAKING DOWN」(「1分間で最強を決める。」をコンセプトにした、アマチュアキックボクシング、総合格闘技大会)にも貧困家庭出身の人が出てくるじゃないですか。ああいう人たちはむしろエリートやと思うんですよ。『あしたのジョー』じゃないけど、自分の才能と努力で世に出てきてるわけやから。僕は全然そんなことはなくて。面白い人生を歩もうとは思ってましたけど、尼崎を代表して「一発逆転を狙ったろ」みたいな根性はなかったんで。特に20代は流されっぱなしだったし、本にも書きましたけど、レイシストに陥ったこともありましたからね。尼にはそういう人がいっぱいいると思います。

ーーでも、東京藝大に進んで、現代アーティストとして活動しているのは“たまたま”ではないと思いますけどね。

松田:ちょっとしたことだと思いますよ、それは。「友達について東京に行く」とか「友達とのマウンティング合戦で、藝大に行くって言ってしまう」とか。それだけはめんどくさがらずに半歩ずつ進んできたというか。それは誰にでも出来ることなのかなと思いますけどね。その先に、ちょっとだけマシな文化的な生活が待ってるんじゃないかな、と。

ーー今、話に出たレイシストのエピソードも、この本の読みどころだと思います。松田さん自身が「クソ差別主義者」に陥り、そのことに気づくまでを赤裸々に書いていて。個人的には、酷い状況を笑い飛ばすこと、何でも面白がる態度の負の側面の一つとしてレイシストがあるのかな、と。

松田:あ、そうかもしれないですね。だから本当はちゃんと「深刻なんだよ」と伝えたがほういいんです。深刻だから「深刻じゃない」って表現してるんだけど、それだと伝わらないこともあるので。そういうことはいつも考えます。レイシストに陥ったことを書いた理由は、やっぱり透明化したくないってことですね。エンタメ的に消費されてもいいから、観る人、読む人の心を一瞬でもつかみたい。そのためには透明化しちゃいけないと思うんですよ。

ーー肉体性というか、生々しい実体が必要だと。

松田:そうですね。表現の仕方はいろいろあって、若いときは怒りを露わにすることが多かったし、その後はあえて淡々と見せたりもしましたけど、ずっと意識しているのは「透明化しない」ということなので。その根底にあるのは「世の中おかしいやんけ」ってことなんですけど、とにかく個人の思いに嘘をつかずにやるっていう。危ない面もあるんですけどね。個人の思いを重視すると、「それ、お前の思い込みやんけ」っていう可能性もあるので。ダウンタウンを見て「尼崎って、そんなとこなんだ」って思う人もいるだろうし、それがレッテル貼りにもつながるかもしれない。その延長線上に「バカにしていい土地なんだ」という誤解や差別が発生する恐れもあるけど、それでも個人の思いから表現していきたいんですよね。なるべく個人の名前、個人の思想でやったほうがいいし、批判も含めてひとりで受け止めたくて。僕は尼崎の代表ではないし、貧困層の代弁者でもない。そういった多数を代表すると、個人の体験がぼやける感じがして嫌なんですよね。まあ、代表できると心底思っていないってのもあります。

ーー『尼人』は、現代アートの背景を改めて確認できる本でもあると思います。松田さんの作品はもちろん、松田さんと近しい関係にある卯城竜太さんをはじめとする、Chim↑Pomのメンバーの作品のことも書かれてますね。

松田:Chim↑Pomは衝撃でしたからね。さっき言ったように、アーティスト界隈では「わかるよね?」という前提やニュアンスで確認し合うことが多くて。それが閉鎖性につながることもある。しかし衝撃的な作品が出てくると、それがぶち壊されるんです。それはやっぱり痛快なんですよね。たぶんダウンタウンもそうだったと思うんです。上方漫才の型がしっかり固まっていたところに出てきて、全部をぶち壊して。そういうことはどの業界にも起こり得るんじゃないかな、と。

ーー既存の枠組みが壊されて、価値が転倒するというか。

松田:そういうことがいっぱい起きたほうがいいですよね。芸術のほとんどはそれが役割だと思うし、そんな芸術を鑑賞した人の人生が、ちょっとだけ変わったりすることが面白いと思っているので。僕のはほとんど呪詛のようなものですが(笑)、その呪詛が、誰かにとっては「救い」になったりすることが、いいなと思っています。

■書籍情報
『尼人』
松田修 著
発売日:2023年4月20日
価格:¥1,980
出版社:イースト・プレス

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