『鬼滅の刃』で最も救いがなかったキャラは? 猗窩座から風柱&蛇柱まで、辛すぎる人生を振り返る
生=幸福、死=不幸?
パラドックスが起きる。現実の世界では生きることが幸福、死は不幸だと思われているが、上記の三人に関して言うとそれは正反対なのだ。
猗窩座が死んだのち向かうのは地獄だが、彼が鬼として生き続けるよりも救いが見える。小芭内は愛する恋柱の甘露寺蜜璃と想いを伝えあってふたりで死んだ。これは、悲惨な人生の結末としては悪いものではないかのように描写されている。
一方で生き残った実弥は、自分が死んでも弟の玄弥を生かして幸せな人生を送ってほしかったが、叶わなかった。玄弥を危険な目に遭わせないために突き放したのも、結果的には意味がなかったのだ。
一時瀕死の状態になった実弥は、鬼になって子どもたちを殺してしまった母が、生前暴力をふるっていた父といっしょに地獄にいることも知っている。
最も救いがなかったのは誰なのか。その答えは読者にゆだねられるが、私は過去ではなく物語が織りなされていたころの「救いのなさ」という点で見れば、実弥がずば抜けていたように思えてならない。
ただこれも、読者によって感じ方はさまざまだろう。この記事が『鬼滅の刃』に登場したキャラの人生を振り返るきっかけになれば嬉しい。